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「あ、皆さんうちの商品でして、
今はヒトガタですけど、普段は鞄です。
気に入ったお客様に買われるまでは、
こうやって店も手伝ってくれて、
働き者で助かってます。
お客様もよかったら……あ、そういえば、
これから人間さんの中心部に行くんでしたね。
じゃあ、鞄は買えませんね……」
──引っ越しがなくても、
人型になる鞄はちょっと。
適当な相槌を打ちながら、楓は変哲のない布と金具でできた自分の鞄に感謝した。
やがて通路の先に、
先日楓が泡を食って逃げ出した角が現れる。
かき集めた知識も意地も吹き飛ばされそうになるが、接客に燃える店員は早くも向こうへ声を掛けた。
「店長、お会計お願いします!」
「──はいよっ」
軽やかな返事が響いてしまえば、
楓も腹を括ってその空間へ入るしかない。
衝撃の記憶も新しいそこには、
レジスターを挟んで店長ともうひとりがいた。
他の店員の例に漏れず、
「いらっしゃいませ」と向き直ってくれたその姿に、楓はあっと叫びそうになる。
あの時殴られたリュックサックの女だ。
店長と何か話していたらしい彼女は、楓を見ると愛想良く笑んでさりげなく場を離れていく。
その笑顔には傷を負った痕跡もない──と、
楓が呆然と見送っていると、
レジ台の内側から低い声が発せられた。
「いらっしゃい。
つい先日も来てくださった、人間さんのお客様ですね。あの時は失礼致しました」
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