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06 Answer
「ハハハハハ……ハァーッッハッハッハッハーッ!!」
陽の傾きかけた正門前で発せられた謎の高笑いに、文化祭準備も大詰めを迎えた生徒たちがギョッと身を固くする。
薄暗闇に浮んだ真っ黒なシルエットの中にふたつ、青い瞳が鈍く輝きを放っている。渦中の生徒会長――ナガヤマ・ユウイチだ。端正な顔立ちを憂いに歪めた一五歳の少年が、目の前にそびえる来校者歓迎用のゲートアーチにそっと歩みを寄せようとしたその時、
「――――ナガヤマ!」
門の前面と後面それぞれから生徒会長を挟み撃ちする様に、スバルを筆頭に生徒会メンバーたちがどやどやと大挙し姿を現す。彼らはナガヤマの退路を断つ様に、完全な包囲陣を敷いてしまった。
「ようやく……見つけた……」
「……よく、この場所が分かったね」
「オマエ自身の言葉がヒントになったんだ、ナガヤマ」
スバルは恩人であり、友であり、そして今もなお自分のヒーローである生徒会長に、初めて正面から相対した。緊張で僅かに声が震えているが、この際構っていられない。
「オマエは、ただ適当にあっちこっち逃げ回ってた訳じゃない……本当はオマエが生徒会長として、オレたちが生徒会としてチャレンジして、最後まで上手くいかなかった活動の現場を、ひとつひとつ順番に見て回ってたんだ」
探しものは、その人が行動した範囲にしかない。それは裏を返せば、行動した範囲を辿って共通項を絞り込んでいけば、相手の目的が自ずと割り出せるということだ。
その日初めてナガヤマと接近遭遇があったのは、昇降口付近の中庭に面した窓の傍だ。だが実はこの場所は、かつて生徒会の意見箱が設置されていた場所でもあり、スバルを襲った何か大事なものが欠落した様な感覚の正体は、ズバリ意見箱の存在だったのだ。別の言い方をするならば、ナガヤマが通りすがったのは生徒会活動の跡地だったのである。
彼はその後、体育館から女装で脱出を図った。思えばそこは、かつて却下された異性装体験教室の会場として、生徒会から学校側に提案した開催候補地だった。
そしてモリカワが遭遇時に聞いたという「バカンスに行ってくる」という謎の発言。その場限りの適当な言い逃れと誰もが思っていたが、考えてみると校内に約一箇所、発言に該当するエリアが存在したのだ。校内では密かに『グアム』や『ハワイ』などと呼ばれる、周囲にあるヤシの木で死角が生じた教師陣のサボリ場であり、実質的な喫煙スペースだった。
ナガヤマはかつて、風紀及び防災の観点からこのエリアの存在を問題提起しようとしたが、学校側の事前介入でウヤムヤにされてしまった経緯があったのだ。
他にもナガヤマの目撃情報があった場所を繋いでいくと、それらは生徒会の活動に関連し、そしていずれも不完全燃焼に終わってしまったエリアばかりだった。
「明日の文化祭は、オレたちにとって最後の大仕事だ。けどナガヤマは、納得してなかったんだよな……キャッチコピーまであんな風になったんだから」
ナガヤマの視線がすぐ傍らのゲートアーチへと移り、スバルたちもつられてそちらを見る。名義としては生徒会、実質的には学校側から美術部に発注され、正門前に設置されたそれは、ベニヤ板に彩られた大きなレインボーアーチにこんな文言をあしらっていた。
《 虹(ゆめ)の架け橋 》
「こんなこと……うちの学校にだけは言う資格ないよな……」
スバルの問いかけに、当の本人は何も答えない。
このキャッチコピーについてスバルが覚えているのは、学校側から生徒会に案を出すように依頼が来て、殆んど間もなくナガヤマのこの案が採用されたこと、そして何故かナガヤマ自ら即取り下げを求めに行き、聞き入れられなかったということだ。曰く、もう保護者会等を通じ周知してしまったから変更取り下げは学園の印象を損なう、と。
レインボーカラーは多様性のシンボルだという。ナガヤマ自身、殆んど当てつけか投げやり気味に提案したのだろう。夢も、多様性も、何ひとつ認めなかったこの学校は寄りにも寄ってその行いも省みず、おそらくただ耳ざわりが良いぐらいの理由でナガヤマの心情も知らず案に飛びつき、そして世間体とかを理由に当人による変更願いすら退けたのだ。
彼の怒りも、やるせなさも、察するに余りあるものがあった。
「けどナガヤマ、やっぱこんなやり方で文化祭を潰すのは間違ってる。オマエとか、オレたちだけの問題じゃないんだ。明日を楽しみにしてた学校みんなの――」
スバルの度重なる呼びかけにも、生徒会メンバーの訴えかけるような視線にも、ナガヤマは応じる気配がない。さっきから硬直した様に、アーチの方を凝視して黙っているだけだ。
「ナガヤマ!」
「かいちょー!」
「ねえ、会長!」
「ユーさん!」
「――――――――――――――――あった」
「「「「えっ?」」」」
ナガヤマの妙に気の抜けた一言に、全員の目が一瞬で点になった。
「あった、あった! よーやく見つけたっ! わーい!」
ナガヤマは跳びはねる様にアーチに向かって歩いていき、その傍を通り越して近くの植木の前で立ち止まると、伸びた枝の先端に手を伸ばした――よく見ると、銀色の小さい何かがぶら下がっている。それを手にして、ナガヤマは大げさに息を吐いた。
「いやー、こんな手間取るとは。きっと誰かが見つけて目立つようにしといてくれたのかな」
「え? え、待って、どゆこと?」
クエスチョンマークに彩られた一同を代表しダテが笑顔を引きつらせて訊ねると、ようやくナガヤマがこっちを向いてホッとしたような、同時に妙にバツが悪そうな声で言った。
「いやー…………実は生徒会室のカギ失くしちゃってさ、授業終わってから今日ずっと探して回ってたんだ。でもまさかこんな目立つところにあったとは、いやはや」
「いやいやいやいや」
スバルは思わず首を何度も横に振った。
「オレたち、全校放送までしてオマエを呼んだんだぞ。スマホにも何度もかけたし」
「今日ケータイ家に忘れて来ちゃって……てかそういえば、外周コース探しに行ったとき学校から何か聞こえた気がしたけど、全校放送ってアレか……」
「じゃあ女装で体育館から逃げたのは!?」
ヒカリが尤もな疑問を差し挟む。
「それに、さっきの高笑いだって!」
「え? だってカツラあったら被ってみたいし、暗い所で笑ってみたいのは人情でしょ?」
「いや、知らねーよ!?」
スバルは思わず大声でツッコんでしまう。
遂には耐え切れなくなり、ヘナヘナと地面に崩れ落ちる者たちが続出した。
「あの……あの深刻な話は何だったんですか……」
モリカワは哀れ、白目を剥いて放心していた。
「おーい、お前ら、おーい!」
と、そこへ遠くからキザワ先生が駆けつけてきた。傍らには使いにやっていたイイジマの姿もある。説得が難航した場合の、最後の保険として呼び出しておいたのだが、どうやら無駄骨だったらしい。しかも先生は、この上更なる悲報を一同にもたらした。
「お前ら喜べ! 職員室のキーボックスがさっき開いてな、生徒会室のスペアキーが手に入っ……おい、どーした。なんでみんな屍になってるんだ?」
「オレたちの苦労は何だったんだ……」
「よく分からんが、問題なければ書類は先生の方で返却しとくぞ」
「おー、キザワ先生いつもありがとうございます♪ そっか、書類返却夕方までだっけ」
真っ白に燃え尽き地面に転がっているスバルたちを尻目に、ナガヤマは呑気に先生に礼など言っている。その挙句には、身も蓋も無いことを言い出していた。
「南京錠なんだし最悪、ペンチで切っちゃえば良かったかな」
「ユーさん♪ ユーさん♪」
意外や真っ先に復活したモリカワが、先程とは打って変わって不気味なぐらいニッコリした顔で、ナガヤマの前に立ちはだかって言った。
「埋めていいですか♪」
「いいい、生命の危機を感じるぞっ!?」
「あたりめーだよ!」
ひとまず他のメンバーと一緒になってナガヤマに殺到、ワイワイガヤガヤと一日分の苦情を申し立てながらも、スバルはふと素朴な疑問に支配され始めていた。
今よりずっと幼い頃、殆んど始めて行く土地でも数分足らずで他人の落し物を見つけ出したこの男が、今さら学校内で個人的な探しものをするのにこれ程何時間もかけ、しかも書き置きひとつ残さないなんてこと、あり得るのだろうか。
とはいえ、カギが校門付近で落とし物扱いされていたのは事実のようだ。ならば仮に本当のことを言っているとして、広報誌の原本にあったあの切実な心情吐露は一体……?
とにもかくにも、生徒会長失踪事件はタイムリミットを残すところ一〇分という時点で解決され、書類返却によって彩玉学園中学のその年の文化祭は無事、開催の運びとなった。
だがこの事件を果たして解決するべきだったのか、そもそも本当に解決したと言えるのか、スバルにとっては未だに謎のままである。
(おわり)
※この物語を二〇〇八年度自主制作映画『植竹学園Q』関係者らに捧ぐ※
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