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6
「また顔出すようになったと思ったら、あのタカ坊が教え子連れてくるなんてねェ。タカ坊もちゃんと大人、やってんだな」
マスターの一言が小さな棘として胸に刺さったのは、自分が大人としてやってはならぬことをしたと内心では認めているからだろう。
午前練習だった日の昼食に、『ランカスタ』を訪れた時のことである。
「……そう思うなら、その『坊』ってやつやめてくださいよ」
「何だ? 宝田コーチは、子供たちの前では良いカッコしいだねえ」
子供の前ではっていうより――
ふ、と過った思考を振り払い、隣に座らせた少年たち――青真と陽人を見やる。
「大人として、色々考えてますから。何考えてんだか全然分からない今時のガキたちと親睦を深めようと思って、ここに連れて来たんですぅ」
「立派なもんだねえ! ほら、ハルもセーマも、何でも好きなもん頼め! いちばん高いメニューでも何でも、宝田コーチ様がご馳走してくれるぞ~」
「ちょ……そうは言っても俺も、単なる貧乏学生っすからね?」
マスターの一声にわーっと盛り上がる陽人と対照的に、青真はメニュー表を前にしてもいつもの無表情で押し黙ったままだ。
まったく、どこまでもかわいげがない奴。
――そのはずなのに、俺にあんなことしてきたんだ――
(いやいや、思い出すな、思い出すな宝田鷹彦っ……!)
結局特大のハンバーグを頬張る少年二人を、鷹彦はコーヒーを啜りながら眺めるだけであった(途中マスターが苦笑いを浮かべながらケーキをおまけしてくれたが)。
それにしても。仮に自分の分のハンバーグも頼む経済的余裕があったとして、このようなペースで肉の塊を貪ることなんて今でもできるだろうか、と少し怯む。
分かるぜ。お前らくらいの時ってさ、生きてるだけで腹が減るんだよな。
分かるはずなのに。自分にもその時代はあったはずなのに。選手の道を諦めて随分経ち、気付けば十代が通り過ぎた自分には、それはどう頑張っても再現不可能な時代だ。
「宝田さんは、よかったんすか? めっちゃうまいですよ! でも俺、いちばんでかいやつは初めて食べたなぁ」
うっとりしたように言う陽人を見ると、財布には痛手だったがまあよかったか、と思う。
「俺はいいんだよ。お前らガキと違って、んなでけえ肉食ったら胃もたれしてしまうわ。人間二十歳過ぎたら下り坂なんだよ」
鷹彦の言葉にゲラゲラ笑う陽人、眉一つ動かさない青真の横で、ふと考えてしまう。
下り坂、ね。
なら俺のピークって、どこだったんだろう。
ほんの少し、目に映る景色に影が差したのは、いつ来てもなんだか薄暗いこの店の内装のせいか、自分がテーブルの上に視線を落としたからなのか、それは定かではなかった。
緩い光の陰影がなぞる青真の指先の、唇の、喉元の動きに、一瞬、息が詰まった。
上がっていく心拍数に、おかしい、と思う。それと同時に、思い知らされた、気付かされた。
この前一緒に食卓を囲んだ時に胸に過ったざわつきは、気のせいなんかじゃなかった。
どうして。
(こんなんじゃ俺が、本当に変態みたいじゃん……)
溜め息を吐いて頭を抱えた鷹彦を見て、マスターと陽人がきょとんとした顔を見合わせた。
「宝田さん、あーっした!」
ぴょこんと頭を下げて自転車で去っていく陽人を見送ると、がらんとしたランカスタの駐車場に、青真と二人、取り残される。
こんなタイミングで二人きりになるなんて。
「……間が悪いな」
「何か言いましたか」
「いや」
「……帰らないんですか」
逃げられるものなら逃げたい。
こいつは子供だ。しかも自分は彼の指導者の側という立場の違いすらある。その相手を心のどこかで恐れているなんて、やっぱり、おかしい。
おかしいんだけど、この恐れに縛られる感じが、どうにも甘くて痺れて、結局逃げられない。
だから、言わなきゃいけない。
「俺、お前が食べてるとこダメかもしんねえわ……」
「は?」
「箸を動かしてる手先とか、口元とかそこから覗く歯とか……あと、飲み込む時に、動く、喉とか……そういうの、お前の、そういうのがなんかすごく、俺は……」
「……」
青真は黙っていた。黙っていた上に、彼が滅多に見せない、「虚を衝かれた」ような表情を一瞬浮かべた。
……引いた、のか?
「あー……もういいよ、俺の言ってることが分かんねえって言うなら、その方が歳相応のガキの反応だろ。いんだよ、分かんなくていいことは、分かんない方が……」
「分かんなくないですよ」
たった一言、答えた声も、鷹彦を見上げる眼も。研がれ過ぎてあまりに冷たい。
「今日は週末だけど……そうですね、この時間ならたぶんうちには誰もいません」
「俺はそんなつもりじゃ……!」
「だってそれ宝田さん、俺の身体に興味あるってことですよね」
今度は鷹彦が虚を衝かれる番だった。
と同時に。「俺」ではなくわざわざ「俺の身体」と表現されたその一言に、知らず胸のどこかが痛んだ。
「……ナマばっか言いやがって、このマセガキ」
きっとこの声は青真には届いていない。熱くなった頬に差した紅を見られぬよう、伸びてきた手を避けるように顔を伏せた。
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