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「宝田さんって、ショーネンセーアイなんですか?」 「は?」 追いつかない思考の中に飛び込んできた言葉に力が抜けた一瞬を的確に狙うように、とん、と押し倒される。子供部屋用のベッドが軋む微かな音に、思わず顔をしかめる。 「少年性愛。調べましたよ、要はショタコンってことです」 「ちがっ……! 俺はそんなんじゃな……」 逃れようとした無駄な抵抗を、練習着の袖から覗いた腕――中途半端な筋肉の付き方の――が封じる。 「なら試してみます? ――俺で、興奮できるか」 かちゃかちゃ、という音がして鷹彦は自分の脚の間に目を落とす。 「っ! お前っ、馬鹿なの⁉」 青真の細く、しかし少年のものにしては筋張った指が鷹彦のベルトに、ファスナーに掛かり、布越しの鷹彦自身を、す、となぞる。  それと、子供部屋用らしい淡い青のシーツや掛け布団とちぐはぐな、大の男を組み敷く瞳の、昏い黒。  体温の載らないその双眸に捉えられると。良心とか倫理とか理性とか。そういうものを跨ぎ超えるかのように、欲望が引きずり出されていく。  ――だめだって言え。  ――こんなガキに触られて、気持ちいいとかあるわけない。  ――引き剥がしてでも、逃れなきゃいけないだろ……!  次々と浮かんだ心の声は、空しく意識から遠のいていく。  青真の動きは正直ぎこちなくもどかしい。焦らされているような感覚に図らずも腰が動いた。 「あれ? 何してるんですか? 宝田さん」 「あっ……!」 波のない言葉が耳に直接流し込まれた瞬間、抑えきれずに快楽に善がる声が漏れる。 「えー……ほんとにちょっと固くなってるじゃないですか――変態」 「やっ……せいまっ」 耳朶に走る刺激痛。歯を立てられた甘い痺れの中、その大きさを徐々に増す水音が頭の奥に響く。自身が垂らした透明と青真の指の間で、下着の布がぬるぬると滑っている。 「いいですよね? このままだと汚れちゃいます」 答えを待たずに(というか待つ気もなく)下着が引きずり下ろされ、外気に触れて僅かに震える自らのものから、思わず目を逸らした。 「だめですよ。ちゃんと見てください」 「う……」 屹立を握り込む指先。視覚情報は鷹彦にさらなる刺激を与える。なぜか律儀に揃えられた細い指は、しかしその先端に載る爪がひどく不揃いだ。  いまだに治ってない、のか。  鷹彦がまた逸らそうとした眼には、睫毛が作った影が落ちる。 「なに……あんまり気持ちよくないですか」 「っ、たり前だろ!」 「本当に? ……あー……もしかして、口でした方がいいですか? 宝田さん、俺の食べてるところがいいんですよね? それってそういうことですか」 「はァ⁉ 口⁉ あり得ないんだけど!」 「ふ。そうですか」 青真はさして残念そうでもないどころか、またあの、口の端だけをちょっと持ち上げる妙な微笑を湛えた。  なんで、笑ってんだよ。 「あー……ムカつくんだよ」 顔を横に倒して空色のシーツに沈み込ませた呟きは、相手の耳にはちゃんとは届かなかったらしい。  それでいい。聞かせようと思ってない。 「何か言いましたか」  ほんと、ムカつく。生意気で、大人を馬鹿にしてて。小学生のくせに、どこでこういうこと覚えてくるんだか、意味分からんし。  何より。 (そんなはずもないのに。あいつに似てて――ムカつく) 『期待の本格派市川、リーグ初戦から躍動』 親指が追うのは、でかでかとしたゴシック体の見出し。  嫌いだ。顔も見たくない。  そうはっきり断言できるはずなのに、弾希が東京の上位リーグ所属である陵央(りょうおう)大学野球部に進んで以来、鷹彦はこうして画面に流れてくるスポーツ新聞の記事を一応は開き、その度に小さな舌打ちを打っているのだった。  流れてくる記事、なんて。大学野球のリーグ戦の記事など、読もうと思っていなければ目に入らない類の情報だということも、本当は分かっている。  嫌いと断じながら。もう自分の手の届く所にはいない存在だと知りながら。弾希のその後を気にかけている――市川弾希という男の影に今でもとらわれている自分自身の矛盾が、鷹彦を常に苛立たせていた。  数行読んだところでブラウザを閉じた。こういう中途半端さが、たぶん自分と弾希の違いなのだろうと思った。
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