秋ですから

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「あの、ちょっとお伺いしたいんですけど、お時間いただけませんか」  その男の子をB君としよう。なんとなく、A君ではないような気がした。 「なんですか? 道を聞かれても、ぼく、よく分からないです」  B君は警戒していると感じた。  私は緊張を解くべく、地面に正座をして見せた。 「この通り、私すぐに動けないから。きみのこと襲えないから。ただ一つだけ訊きたいの。さっきまで一緒にいた男の子、きみの友達だよね?」  B君の顔が険しくなった。荒んだ時代だ。気軽に声もかけられないなんて。だが、私の態度も見ようによってはかなり怪しい。やや上ずって、やり方を間違えたか。 「ええ、友達ですけど……。通報していいですか」  私は過去の自分を思い出す──小学校三年生ぐらいのときに、「通報」という単語がすんなり出てきたろうか──この子は賢いんだな。いや、単に私がアホだったのか。 「ごめん! 通報やめて! あ、そうだ、飴玉いらない? いちごミルク味のやつ」  言って上着のポケットをまさぐると、B君は馬鹿にしたような息を漏らした。 「いえ、毒が入っていたら困るので。小学生が飴玉で釣れると思ったらいけませんよ」  この子は多分、面倒くさい大人になるだろう。政府も悪いし、教育も悪い。社会全体も悪いし、小学生を狙うような犯罪者も悪い。悪者を決めるコンテストがあったら、私は時代が悪いに一票入れよう。まあ、それは横に置いといて、 「百円から千円のあいだで、好きな額を言ってくれたら払います。だからどうか、質問に答えてください。私の夢が、すぐそこに来ているんです」  と訴えた。するとB君は、やれやれと言った感じに肩をすくめた。 「それをやって、ぼくが恐喝だの何だのと言われても困ります。答えられる範囲なら答えますよ。あくまで善意ですから、お金は要らないです」  恐喝やら善意やら、あの頃の私は漢字で書けただろうか。この子は中学受験をする子だと思った。やっぱり昔の私はアホだった。 「では、ずばり、一つだけ訊きます。理由が必要であれば述べますが、まったく悪意はなくて、何と言うか、私の食欲に直結する話なので、純粋な返答をお待ちしています」  B君が、腕組みをした。 「はい、どうぞ」  どこか遠くの方で犬が鳴いた。まるで叱られているみたいだ。 「はい。あなたがさっきまで一緒だった男の子の身長を教えてください。名前も訊きません。住所も学校も訊きません。あの子にもあなたにも決して害を及ぼしません。私は、どうしてもアレが食べたいので、そのサイズを知りたいだけなんです」  と言い、犬の鳴き声をかき消しながら、 「秋ですから!」  やや涙目になって訴えた。  するとB君は、げらげらと笑い出した。 「何それ! ばっかじゃねーの。ああ、そうか、あいつ芋掘りに行ったんだっけ。お姉さん、それが食べたいんだ?」    馬鹿にするなと怒りたかった。私にとって食欲は何にも勝る欲望だ。あの芋だからこそ価値がある。他の芋ではだめなんだ! 「へえ、悔しいんだ? わりと美人なのに、食い意地張ってんだなあ。じゃあさ、ぼくも一つだけ質問していい? お姉さん、カレシいるの?」  私はかぶりを振った。恋愛より食欲だ。恋愛はいつか壊れるが、食欲は健康を保ちさえすれば尽きることはない。 「……誰かと付き合うとか、考えられなくて。だって、にんにく食べられなくなるから」    言うと、B君は痛快そうに笑った。    「ああ、そう。じゃあ、処女?」    悔しかったが、私はこくんとうなずいた。 「へえ、それを告白するより芋が欲しいんだ。いいよ。分かった。恥ずかしいこと言わせたね。よし、ならご褒美をあげる。うちまでついて来な。あいつからもらった芋をあげるよ。お姉さんをいじめられて楽しかった。ほら、立ちなよ。さっさと行くよ」  初めての探偵稼業で、私は程なく目標を達成した。  そして芋を持って家に帰り、精一杯の手をかけて、念願の焼き芋を作った。  でも、その味はと言うと、ちょっとだけ屈辱的な、涙の味がした。                                       (了)
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