1.惑星サルバトーレ

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1.惑星サルバトーレ

 ユサッ、と上下に大きく揺すられたあと、ゆっくりと背中を撫でられる。 『エゴン、母さんが来るぞ』  父さんの太い腕に抱えられたまま、埋めていた首筋から顔を上げる。春先の生温い風がサワサワと前髪を乱す。まだ眠いけれど、暗い空に瞳を向ける。白い糸がスイッと視界の端を流れ落ちた。 『……母さん』  溢れる涙のように次々と、夜空の一点から放射状に光が降る。死者の魂はあの光に乗って、遺された者に会いに来るという。 『父さん、あの向こうには、なにがあるの』  右手をいっぱいに伸ばして、放射点の虚空を指す。 『グレイヌだ。私達はみんな、そこから来たのだよ』  遥か彼方にあるという「始まりの場所(グレイヌ)」。絵本で見たには、多くの人々が空を飛ぶ箱や地を駆ける箱に乗り、目も眩む柱のような建物で豊かに暮らし、毛や鱗に被われた様々な生き物が陸にも海にも住むと描かれていた。 『僕、いつか行きたい』 『そうだな……きっと行けるさ』  僕の髪を撫でながら、夜空を見詰める父さんの太い眉が少し下がった。思慕と憧れから発した幼い夢とは違って、彼の眼差しの中には別の感情があったのだろう。  死者が還る宗教的な場所ではなく、絵本の中の伝説でもなく、実在する天体としてのグレイヌがあると知るのは、この夜から数年後のことだ。僕達の文明は、惑星グレイヌから入植してきた「始まりの人々(グレイヌびと)」によってもたらされた――大人達が巧妙に隠してきた僕達の星(サルバトーレ)の歴史は、中等教育で初めて知らされる機密事項でもあった。
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