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これから降りつもるのは
朝が来た、カーテンを開けると白む空より差し込んだ冷たい光が部屋を照らす。冷たい光と称したのは白む空の光が雪に照らされていたからだ。一面の銀世界が広がっていた。
鼠色のアスファルトも、隣の家の赤い瓦も黒い瓦も、降り積もる雪の前では皆平等。それはまるで白粉を塗られた平安時代の貴婦人の顔のようであった。
昨日の夜から体の芯が冷えるように寒いとは思っていたが、まさか一晩で辺り一面を雪景色にする程に雪が降りつもるとは。2月の4日を過ぎて立春を迎えたとは言うが、まだまだ冬じゃないか。寒の入りから節分までの寒の内は約30日であるが、その2倍ぐらい長く寒く感じている人は多いだろう、下手をすれば12月の中旬から2月までずっと寒の内と認定してる人もいるかもしれない。正真正銘の春の到来は3月まで待たなければいけない。
布団から手を出して間もなくに手が冷える。瞬く間に氷のような冷手で眠い目を擦っていると、くいくいと寝間着の裾を引っ張られた。それをするのは愛犬の多良右衛門(たらえもん)だ。
年齢はまだ一歳、犬種は柴犬、極めて古風な日本男児らしい名前に命名したおかげか常に引き締まってキリリとした顔つきである。散歩の時も勇猛果敢かつ威風堂々を絵に描いたように悠然としており、自分より遥かに大型犬とすれ違っても臆することなく、小型犬にキャンキャンと吠えられようとも蛙の面に水そのままに不動であった。勿論、歯を見せて唸ったり、威嚇のために吠えることなぞありえない。そんな多良右衛門が吠えるのは散歩の要求の時だけだ。
多良右衛門はとにかく散歩が好きであった。狂犬病ワクチンの摂取が終わり、お散歩デビューを迎えて以降、一日たりとも散歩を欠かさない。始めは家の近所をぐるりと回るだけであったが、最近では家から随分離れた森林公園まで歩き、更に森林公園をぐるりと一周し、それからまた家に戻ると言った具合である。おかげでスマートフォンに搭載された万歩計からは「大変健康的な生活を送っています」と花丸認定を頂けるぐらいだ。
そんな散歩好きの多良右衛門は朝の散歩の要求のために私が起床すると同時にリードを口に咥えて持ってくる。今回は生まれて始めて経験する雪に興奮しているのか、尻尾を振っていた。
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