行方不明中に誘拐婚?

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 これといった取り柄はないが、ガリ勉真面目一筋で青年期を送ってきた新村。こういう男子は何処か不良っぽさを求める年頃の女子から見て何も魅力がないもので中学高校大学と何も色恋沙汰のない儘、大学卒業後、都内にあるIT会社に就職して半年経つが、未だ童貞だ。  現在は神奈川県のベッドタウンである○✕市内にあるアパートで独り暮らししているが、コロナに感染して自宅療養中だ。後遺症の恐れはあるものの無症状で療養解除まであと十時間に迫った夜の九時頃だった。 「ドンドンドン!」と玄関ドアをノックする音が気違いじみて響いて来た。  何事だ!とびっくりした新村は、万年床から飛び起きて玄関に向かった。  ドアスコープが無いので得体の知れない相手に、「だ、誰だ!?」とびびりながら誰何すると、「家が分からない!家が分からない!家を教えて!」と若年らしい女の叫び声がする。  気が変になった女なのかと恐れもし、女に飢えているだけに感興をそそられもした新村は、開けようか開けまいか、逡巡していると、「ねえ!開けて!家に帰りたい!だから教えて!お願い!」と猶も叫ぶ。  基本的に人の良い新村は、ほってはおけない気になってくると、「何処も開けてくれない!何処も開けてくれない!お願いだから開けて!」と猶も叫ぶ。  その声が悲痛さを著しく増して来たので、もうほってはおけなくなった新村は、「今、開けるから騒がないでくれ!」と強く頼んだ。  すると、騒がしかったのが嘘のように静かになったので新村はロックを解除し、ドアノブを捻り、恐る恐るドアを少し開けて外を覗いてみると、おやっと思った。  見覚えがある。誰かに似てる。それも毎日、拝んでいる物に・・・まさかと思った新村は、全体像を確かめようと更にドアを開けると、びっくり仰天した。  なんと国民的アイドルグループ○✕48の元メンバーで新村がファンだった新林朱音に瓜二つなのだ。 「ありがとう。開けてくれたの、あなたが初めてよ。寒いから上がらして頂戴ね」 「あ、ああ・・・」と新村は呆気に取られながらドアを全開にして彼女を請じ入れると、彼女は靴を脱いで自分の家のようにずかずかと中へ入って行ってしまった。 「嗚呼、あったかい!私の家みたい!」と彼女は居間に入るなり歓声を上げた。「ああ、布団敷いてある!あったかそう!私、寝たい!」  新村は只々唖然としていると、「ねえ、い~い?と彼女が訊いて来たので訳が分からない儘、訊き返した。 「あ、あのー、あなた、もしかして新林朱音さんですか?」 「えっ、ああ、そう言えば、そんな名前だったわ」 「そ、そんな名前?・・・」 「そう、そう言えば、表札もそんな名字だったわ!そっか、ここ私の家だわ!帰ってたんだ、私!な~んだ、よし、寝よっと!」と彼女は言ったかと思うと、布団の中に潜り込んで仰向けになってしまった。「はぁ、あったかい!疲れたから寝ちゃおっと!」  本当に目を瞑ってしまったので新村はこのアンビリーバブルな途轍もなく突拍子のない出来事に狐につままれた思いをしながら暫くどう対応すれば良いか分からなくなった。  やがて鼾をかき始めた彼女の愛らしい寝顔を眺め入りながら二ヶ月くらい前、新林朱音がコロナに感染したニュースを知って大ショックを受け、更には自宅療養から復帰したもののつい三日前、突然芸能界引退を発表したことに鑑みて、そう言えばコロナに感染すると四割くらい後遺症を発症するらしいが、これは間違いなく、その一つの記憶障害、脳障害に犯されたんだ。心配していたことが、恐れていたことが本当に起きてしまった訳だ。だから引退したのかと新村は悟って彼女を新林朱音と断定した。  これは自分にとって願ってもない最高の形で後遺症が顕現したと言って良い。物怪の幸いとはこのことか!良い具合に世間一般の俗物的バカより質の良い能天気的バカになったんだ!僕からしたら四周の人間は大抵狂人だか、この女は飛び切り可愛い狂人だ。しかし、ファンだったこの僕が手放しで喜んで良いものだろうか?  真面目な新村は真剣に悩んだが、真面目だからって性欲がない訳ではなく普通にある。彼は朱音のビキニになったグラビア写真を何枚も持っていて、それをおかずに自慰をすることがあるくらいだから、この機会に・・・という気になるのは無理からぬことだった。  この女ははっきり言ってもう悩足りんだ。どんなことしたって構うもんか。本懐を遂げる大チャンスだ。こんな時に真面目臭っているのはバカだ。よーしと気合いを入れるように呟いた新村は、布団の前まで来ると、しゃがみ込んで掛け布団をそっと捲った。  時節は冬で重ね着している。而もアウターを着たまま・・・セーターを捲ったりシャツのボタンを外したりして遂にブラと胸が現れると、それまで初めてのことである上に相手が憧れの朱音だから尋常でなくどきどきわくわくして顔がにやけっ放しだった新村は、思わず二つの膨らみに両手を当ててみた。その瞬間、何とも言えず触り心地の良い柔らかみと温かみを感じ、揉みたい衝動に駆られ、知らぬ間に揉んでいた。その感動たるや、正に夢のようで大きすぎて筆者はどう書いて良いか分からない。そりゃそうだ。こんな経緯で揉んだ経験をした人間は新村の他にいないのだから。  後はブラを外してあれやこれや良いことをした訳だが、大満足して次にやることと言えば当然、股間に関することである。  あれだけ揉んでも起きないんだからと新村は勢いづいて情炎に燃え盛り興奮の坩堝と化し掛け布団を更に捲ってスカートを脱がしてしまった。  露になったショーツを見るなり新村はすっかり情痴に染まって野獣と化していた。興奮の余り鼓動が激しくなり、はあはあ言いながらショーツに手が触れた時だった。 「さむーい」と呟いて朱音が目を覚ますや、驚いたことに上体を起こして新村に抱きついて来た。「あ~ん、私、欲しかったの!抱きしめてあっためて!」  その肉体は恥じらいなく男を只管欲し、肉慾だけと言って良かった。脳足りんになったお陰で素直に本能が現れたのだった。相手は誰でも良かった。偶々相手が新村だから新村と交わり、交わる内、新村が好きになった。と言うより生まれて初めていかせてくれた肉棒が好きになった。  だから法悦の余韻を味わいながら新村が気持ち良かったかい?と訊くと、気持ち良かったと朱音は無心で答え、僕が好きかい?と新村が訊くと、うん、好きと朱音は無心で答えた。  そんな風に朱音は新村の言うことを何でも素直に聞き入れた。だから迷子にならないよう絶対独りで出かけたらダメだと言う新村にも盲従した。  で、新村はリモートワークだから仕事に復帰後も出かけることは少ないが、偶に留守にする時も朱音は一歩も外へ出ることはなかった。  朱音は性に関して規制が厳しいアイドル時代にフラストレーションを溜め込んでいただけに房事の時や新村のアパートを訪ねた時みたいな切羽詰まった時はアグレッシブなのだが、それ以外、常に受け身で自分の意志を自ら実践しないのだった。新村が持ちかけて来た結婚話にも無心に乗って来た。だから新村は早速、婚姻届を出して朱音と結婚し、彼女を自分の籍に入れた。悩足りんであっても全く迷いはなかった。ファンだっただけに外観にも声にも惚れ込んでいるし、自分の言うことをちゃんと聞くし、素直だし、天真爛漫だし、まるで童女でありながら性欲のある天使のようだから。  結婚式を挙げないのは親に結婚挨拶する気が新村になかったからだ。厳格な父が絶対、反対すると思ったし、朱音が実家の場所も忘れていたからだ。  ところが、それから三日後、朱音の両親が警官と共に新村のアパートを訪ねて来た。朱音の両親が捜索願を出した△署の警官が朱音失踪後、一週間目に朱音の実家を訪れ、朱音が新村と結婚して新村のアパートに同居していると朱音の両親に伝え、それじゃあ誘拐婚だと訴えた朱音の両親と同伴でやって来たのだ。  新村から婚姻届けを受け取った公務員が元○✕48のメンバー新林朱音謎の失踪!という見出しで報じられたネット記事を読んで朱音の両親が△署に捜索願を出したことを知って△署に通報し、△署の警官から朱音の両親に朱音の消息が伝わった次第だ。 「君が新村正直さんだね」と警官が不躾に切り出した。 「そうですが」 「この方々は朱音さんの御両親だ。誘拐婚と疑ってられるんだが、真意はどうなんだね?」 「いやいや、朱音はコロナの後遺症で記憶障害になってたので朱音の話から察するに何軒か自分の家が何処かと尋ねても何処も相手にしてくれなくて到頭、僕のアパートにやって来て」云々かんぬんと新村が性交のことは抜きにして説明すると、「そうかね、そうすると朱音さんは親元が分からなくなって」と警官は言ってから朱音の両親に向かって言った。「そういう訳で誘拐婚ではないようですな」 「はあ」と朱音の両親は溜息をつくように頷くと、顔を見合わせた。勿論、彼らは朱音の後遺症の事を知ったからこそ朱音を芸能界から去らせたのであるから新村の言うことは有り得ることだと思った。 「ま、後はあなた方で話し合って今後どうするかを決めてください。お帰りに足が必要なら携帯に連絡ください。お送りしますから」と警官が言うと、新村はここぞとばかり口を挟んだ。 「あの、足が必要なら僕がマイカーで送りますよ。結婚の挨拶をしたいし、序に朱音の荷物を運びたいですから」 「そうか」と年功序列の世界で生きて来た所為か警官は新村に対してタメ口で言った後、朱音の両親に向かって、「そうしますか?」と丁寧語で訊いた。  すると、朱音の両親が同意したので警官は去って行った。  話し合いの段になると、よく救ってくださったと新村に感謝したことからも分かる通り、朱音の両親は非常に物分かりが良く、新村の学歴や職業を知るだけでなく誠実な人柄も知るに至ったので我が子との結婚を喜んで承諾した。 「どうか、私たちの事も親とも思わなくなった哀れな朱音を幸せにしてやってください」こんなことまで新村は言われ信頼されたのだった。  それから十日後の金曜日、新村は先日、朱音と公園を散歩している所をフライデーのカメラマンに撮影されていたので新林朱音、行方不明中に誘拐婚?!と題してフライデーにスクープされてしまった。  記事の内容は関心を引こうとするキャッチ―な見出しとは裏腹に事実に忠実なものだった。新村が朱音と結婚に至った経緯を親しい同僚に話したことを人伝に聞いた、新村を羨む新村の同僚がそのことを特ダネとして講談社に売ったのだ。  斯くして世間の目が煩くなろうとも新村の朱音に対する純愛は、真面目一徹揺るがないのであった。      
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!