誕生(加瀬 六)

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誕生(加瀬 六)

 その朝、食事を終えた二三(ふみ)は後片付けをしようとして、身のうちからつぅと何かが流れでるのを感じた。  もうすぐ4月。窓の外は明るい陽光が降り注ぎ、うきうきと春めいていた。 「はじめさん、破水をしたかもしれません。病院に電話をしてくれますか」  慌てふためいた十歳年上の夫は、椅子を倒して立ちあがり、足の指をぶつけながら隣室にある電話機に手を伸ばした。 「やはり破水していますね。このまま入院になります。予定よりは2週間早いですけど、頑張りましょうね」  診察した医師が笑顔で告げる。 「先生、も、もう産まれるんですか?ふみちゃんは、子供は、大丈夫なんですか?」 「はじめさん、そんなに慌てなくても急にお産にはならないはずだから、一度お店に戻ってちょうだい」 「こんな日に仕事なんてできないよ!」 「でも、あなたに代わっていただくことはできないですから」  妙に落ちついた妻に諭されても心配でたまらない。それに、こんな状態では危なくて包丁も握れそうにない。結局、臨時休業することにして、貼り紙をするために店舗兼住宅へ戻った。  加瀬一(はじめ)と二三(ふみ)は、一の働いていた割烹で大学生の二三がホール担当のアルバイトをしたのが出会いだった。  一は、料理人としては下っ端だったが、初めてのアルバイトで慣れない二三をこっそりと気づかってくれた。そのうちに、店休日に一緒に映画を観にいくようになった。  生真面目な一は「ふみが成人するまでは」と勝手に誓いをたてており、半年後、晴れて成人した二三に正式に交際を申し込んだ。  そして5年間の交際ののち、独立を決意した一が「俺の店の女将さんになってください」とプロポーズしたのだ。 「幾つになっても、ふみちゃんと呼んでくださいね」 「お母さんになっても、おばあちゃんになっても、はじめさんにかわいいと言ってもらえるよう頑張ります」    惣菜屋『まかない処 とつおいつ』 は、こうして二三の生まれ育った町にオープンした。  一が36歳、二三は26歳だった。  それから2年。    かわいいふみちゃんは、翌朝まで陣痛に耐えて母になった。  ぐったりとした一が見つめる前で、母親譲りの白い肌をした赤ん坊は「ふぇーんふぇーん」と心細そうに泣いた。    
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