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誕生(山中 然)
加瀬六が産まれる5ヶ月前。
同じ町で山中利佳(りか)は第2子となる次男を出産した。
29歳で結婚した夫、元爾(もとじ)は高校時代の同級生だ。
利佳がマネージャーをしていた野球部のレギュラーで副主将だった。捕手として投手から信頼されるために、さらには主将を支えるため、努力を惜しまない姿をいつも見ていた。
「負けたくない」
尊敬なのか恋心なのかわからないまま卒業の時期になり、利佳は進学、元爾は建設業への就職が決まった。関係が切れるのは嫌だったので利佳から交際を申し込んだ。驚きながらオーケーしてくれた彼とは、恋人というより戦友のようだと思っていた。
10年間、信頼を得るために大工として腕を磨く元爾をいつか支えたいと思っていた。
「独立することにした。一緒に頑張ってくれないか」
甘い言葉など聞いたことのない彼からのプロポーズ。利佳は泣きだしてしまい、自分が彼に恋をしていたんだととても嬉しかった。
結婚した翌年に長男を授かり、慣れない土地での初産には実家の母も手伝いに来てくれた。幹と名付けた長男に向ける元爾の笑顔が、学生時代、後輩に向けていた表情と重なった。
それから4年。
夫と二人三脚の暮らしは、目まぐるしく過ぎたが、仕事だけでなくご近所にも恵まれていると思う。昼前に異変を感じた利佳はお隣に幹を預かってもらい病院に向かった。
夕方、仕事を終えた元爾が幹を連れて病院に駆けつけたとき、利佳はすでに分娩室に移動していた。二人に励まされ元気な男の子が産まれた。
幹は、真っ赤な顔をくしゃくしゃにして泣く弟に兄の自覚が芽生えたのだろう。父親に抱き上げられ、ガラス越しに声をかけている。
「兄ちゃんここにいるからね。泣かないで」
泣きやまない弟と、心配そうな兄を、元爾と利佳がにこにこと微笑みながら見つめている。
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