泣くための

5/5
前へ
/5ページ
次へ
 昨日は秋晴れだったのに、今日は本当にすごい雨だ。  傘を持つ人たちが、哀れな目で俺を見て通り過ぎていく。イカれたやつだと思われているだろう。俺はへらへらと笑って、挙動も不審だから。  でもこうしなきゃ、泣いちゃいけない。  雨に任せてみなきゃ、芸人は泣いちゃいけない。  湿ることも、暗鬱(あんうつ)な顔をすることも、悲鳴のような思いを(あふ)れさせることもしちゃいけない。  だって、昔、珠代が言ったんだ。 『楽しいって気持ちはね、人から与えてもらうものじゃないんだよ。自分が楽しくいれば周りも楽しくなるから。どんなときでも泣かないで、どんなときでも笑っていよう。それに徹していれば、きっと二人はうまくいく。秋也も、面白いやつだって思われるよ』  楽しかった日々。  築き上げた歴史。  同じものを食べて育った肉体──。  毎日のように「好き」は膨らんでいた。  どれだけきみを大切だと思っていたか、どれだけきみを不安にさせたか。  いつか、きみが俺を忘れ、いつか、新しい道を歩き出したときに、俺は必ず見せてあげたい。ドッと笑う観客の前で、次々に面白いことを言う俺を。  強まる雨と、止まらない涙。  身を叩く雨と、砕け散った大事な恋。  最後まで泣かなかったきみと、ただ一つの約束をも守れなかった無様な俺。  だけど、いくら自傷と言われても、これをネタにせずにはいられない。 『じゃっどん』の最高傑作は今さっき完成した。この涙は、そういう感情だけだ。  それなら、いいだろう?                                      (了)
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加