泣くための

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 人の感情はいずれ冷め、別の誰かに移っていく。これを笑いに変換してネタが書ければ良かったが、それをやろうとするたびに相方に言われた。 『やめとけよ。自傷したって何も面白くない。おまえはおまえを演じられない』  事実、そうだった。思い出すたびに胃が痛くなり、あの女の顔を浮かべるたびに恐ろしくなった。もう二度と恋はしない。一生独身でもいいとさえ思っていた。  けれども珠代を見た瞬間、感じたこともないぐらいの衝動に突き動かされた。  内側にある様々な言葉を駆使して、想いを告げることだけに集中した。  思えば、あれほど熱くなったのは初めての経験だった。今なら何かの賞を獲れるんじゃないかって浮かれるほどだった。情熱は必ず人に伝わる。珠代は俺からの求愛を恥ずかしそうに受け止めてくれた。  不慣れな俺は、彼女のリードに合わせて恋を紡いでいった。一つずつ増えていく想い出は、長い長い組曲の音符をつなげていくような感動があった。根っからの甘ったれで、器用な言い回しもできない。素直な愛情を伝えることも照れ臭く、情熱さえあれば言わなくても伝わるだろうなんて思っていた。  でも、そうじゃなかった。  人に笑ってもらうためには、正確な描写をしなきゃいけない。  曖昧な言葉では受け手も笑うに笑えない。  そんなことは分かりきっていたはずなのに、俺は珠代に対して、ずっと曖昧なままだった。 『私のこと、どう思ってるの』  そう聞かれて、すぐには答えられなかった。好きだ。大好きだ。それ以上の気持ちだ。俺には二人の未来しか描けていない。ずっと支えてほしい。いつか絶対に自慢できるような男になるから。努力するしかできない俺を、きみの感性で磨いていってほしい。
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