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カタツムリは哀れんだ。ナメクジを見て、涙した。
「君、家が……」
ナメクジは理解した。自分にないものを彼は持っていると。
同時に、強い嫉妬の感情が渦巻いた。
「それは……一体どこにあったの?」
「家は、生まれつきあるものだろう……?」
ナメクジは絶望した。自分が家なるものを持ち合わせていないことに。人間には衣食住なる考え方があると聞いたことがある。目の前にいる彼は、その渦巻いた家で衣住が完結している。
カタツムリは優しく語りかけた。
「今からでも遅くはない。すぐに家を探さなくてはならない。私も一緒に探そう」
ナメクジは涙した。二つの意味で涙した。
家があるという圧倒的上位者にしか出せない優しさに嫉妬する自分と、その優しさに嘘偽りがないという事実に涙した。
――今は梅雨なのに、どうして今日は雨じゃないんだ。雨が降っていれば、この涙もきっと隠せたのに。
「僕も……家が欲しいです」
「そうだろうとも。さあ、家探しに行こうではないか」
ナメクジは、心躍った。自分もついに家が持てるかもしれない。
しかし、現実は残酷だった。
「君! 家に隠れるんだ! 人間の幼生だ!」
「えっ!?」
この瞬間、ナメクジは後悔した。なぜ自分は家を探さなかったのかと。
白い粉が大量に入った透明の袋を持った人間の幼生が、邪悪な笑顔で迫ってくる。何やら意味不明なことを口走りながら。
「ど、どうしよう!? あっ……」
ナメクジは絶句した。優しかったカタツムリはもういない。あるのは、渦巻いた家だけだった。
「許せ……家なき子」
渦巻いた家の中から、自分に言い聞かせるような声がした。
「やだよぉ!! 死にたくないよおぉぉッ!!」
ナメクジは必死に身体をくねらせるが、人間の幼生の方が千倍は速かった。
「ぎやあぁぁぁぁぁッ! あぁッ! アアッ……ァ……」
「すまない……すまない……すまない……すまない……」
死を予感させる白い粉が、ナメクジに降りつもる。
自分が白く染まるその直前、ナメクジは不覚にも思った。
――なんて、綺麗なんだろう。これが……雪?
ナメクジも噂には聞いていた。冬になると、世界に死をもたらす白い粉……雪が降りつもるのだと。
――ああ、溶ける……僕がなくなっていく。
恐ろしい静寂の中、カタツムリは涙した。しかし、この涙はナメクジの為に流したものではない。あまりの恐怖に屈したからである。
――もういなくなっただろうか?
カタツムリは、その顔を世界に覗かせた。
「あ……あぁっ」
カタツムリの家は空に浮かんでいた。正しくは、人間の幼生につまみあげられていた。
カタツムリは急いで顔を隠した。大丈夫だ、家にさえいれば、何も怖くない。
「あっ……」
家がぐるんと傾くのを感じると、カタツムリは大きな黒い穴を見た。
人間の幼生の大きな黒い瞳が、カタツムリを捉えて離さない。
カタツムリも、その柔らかな身体は硬直し、死の予感を直視せざるをえなかった。
ガチガチと歯を鳴らしていると、家が傾き、人間の幼生の口元が見えた。
笑っていた。
「ひぃッ!」
恐怖を味わう間もなく、さらに家が傾き、太陽を感じた。
「ぎやあぁぁぁぁぁッ! あぁッ! アアッ……ァ……」
降りつもる……家の中に、白い粉が降りつもる。
カタツムリも、これが噂に聞く雪だと思った。
――私が……私が消える
カタツムリは後悔した。なぜ、ドアをつけなかったのかと。
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