はじめての敗北

1/3
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
「ははははは! 伝説の勇者の末裔が、惨めなものよ!」  私は腰に手を当てて胸を張り、目の前で地面に這いつくばる人間を、殊更嘲るような口調で罵倒する。 「剣を振るう腕はお粗末、ろくに魔法も使えない。よくもそれで、城を出た途端にやられなかったものだ!」 「くっ、くそお……っ」  私の放った魔法で、旅装はあちこちが焦げ、身には少なからぬ傷を負っている。奴はまだ何か言いたげだったが、体力が尽きるのが先だったのだろう。意識を手放して草地に突っ伏した。 「あーあー、とうとう負けちまいましたかー」  頭上から声が降ってくる。きらきらきら、と鬱陶しいくらいの光の粒子を撒き散らしながら、羽を生やした天使が降りてくる。 「いや、俺様も不安しか無かったんですよ。城を出て最初に当たるゴブリンとの戦いもおぼつかなかったから、すぐ負けるんじゃないかって。旦那がはじめての敗北相手としては、こいつもけっこう頑張ったんじゃないですかね」 「そちらの神の人選も、血迷ったものよな」  魔族の端くれである私と、敵対する天族の遣いが、気安く言葉を交わすところなど、人間達に見られたら、 『おお! 神は我らを見放されもうしたか!」  と、神官の爺さんどもが空を仰いで嘆くだろう。  だが、魔族と天族は、この世界が創られた千年の昔から、『争うもの』として定められ、意味もわからぬままぶつかり合いを繰り返してきた。戦いは惰性と化して、天族は人間を己の代弁者としてこき使い、このような末端同士では普通に世間話をするのも当たり前になっている。 「ま、こいつは城に連れ帰って、蘇生してもらいますわ。その後で、思いーっきり、王様に嫌味言われるでしょうけど」  天使がくるくると手を回すと、勇者の姿がかき消える。死んでも生き返る。何度でもやり直せる。それが勇者が神から与えられた、人間の理を超えた特権。 「それ以上の恵みを与えないとは、神も薄情なものよ」  天使と勇者の消えた地にひとり残された私は、ぽつりと独りごちた。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!