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勇者は数日後、また私のもとへとやってきた。
「先日は不覚を取ったが、今度は負けはせん! 覚悟しろ!」
そう気合充分の叫びを放つは良いのだが、いかんせん装備が意気込みについてきていない。
先日焼け焦げた服の上に革鎧をまとって、袖からは包帯がのぞく。こちらに向けて突きつける剣の刃は潰れていて、斬るのではなく、殴る為に造られた事がありありとわかる。
国王、もっと金を出してやらぬか。貴様の生命も危機なのだぞ、惜しむな。死んでしまえば、富も名誉も墓の下には持って行けないのだから。
そう突っ込みたいのをぐっと我慢して、一際あくどい表情を顔に満たす。
私は腐っても魔族だ。この人間の絶対の敵だ。壁として立ちはだからねばならない。
「ほほう。では、勇気と無謀が紙一重である事を、貴様に教えてやろうではないか」
私の得意な火炎魔法の詠唱を始める。勇者が剣を構え直して突っ込んできて。
また地に伏していたのは、勇者の方だった。
それからというもの、勇者と私は何度も刃と魔法を交えた。
はじめての敗北を喫した相手である私に、勇者は異様なまでの執着を抱いているらしい。何度地面に倒れても、命尽きても、数日後にはまた再戦を挑みにくる。
私のもとへ来る前に、私より格下の魔物を狩って、金を得ているのだろう。装備は少しずつ、しかし確実に格を上げてゆく。魔法を防ぐ為に盾を持つ事を覚えた時には、敵ながら天晴と拍手喝采したいところだった。危ない。私はこの人間の壁なのだ。好敵手らしくあらねば。
「何度挑んでも、私には勝てぬよ。良い加減諦めて、さっさと先へ進め」
何度目かの私の勝利の日、つい本音が漏れた。私などにかかずらっている間に、魔族の侵攻速度は上がってゆく。神がこの人間を見放して、ほかの勇者を選ぶかもしれない。その時、この人間が辿る道は、酷く惨めなものだろう。
それを見たくない。
その想いが、私の中に芽生えていた。
「……悔しい」
涙声に視線を向ければ、勇者は両手で顔を覆って、嗚咽していた。
「伝説の勇者の子孫なのに、お前ごときに勝てない自分が情けない」
そのままひくっと一息ついて、奴は動かなくなる。
「あーもーほんとー」
天使が呆れた様子で降りてくるのも、すっかりお馴染みになった。
「早く終わってくれないですかねえ」
それは、勇者が私と戦う事か。それとも、魔族と天族の争いか。深く訊くのは野暮ったいので、私は腕を組み。
「……そうだな」
と短く返すだけだった。
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