終章

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終章

 すっかり桜が散り、より自然の萌芽を感じはじめた頃、彩光によって明るい1階の寝室で、シーがやわらかめのレザーソファに穴を掘ろうとして、懸命に前足を動かしていた。 ──実際、ソファに穴を掘れるわけではないが、そのあとシーはその場所にうつ伏せになって寝る習慣があった── するとソファの上に置いてあった読みかけ本が、フローリングの床に落ちてしまった。本を拾うと、ページのあいだに2枚の写真が挟まれてあるのに気がついた。  1枚の写真は、天窓から明るい陽光が差しこむ屋根裏部屋で、白い天体望遠鏡の横にスッと立ちやさしく微笑むオジイサンだった。そしてもう1枚の写真は、同じく天窓から明るい陽光が差しこむ屋根裏部屋の白い天体望遠鏡の横で、やや顔を傾けにこやかに微笑みながら乳児を抱いているまだ若い母だった。  驚いた。オレは全身が震えるようだった。生前祖父は、この赫い三角屋根の木造家屋に家族でさえ近づけようとしなかった。しかしこの写真を見るかぎり、(ひそ)かに母は入ることを許されていたのだ。しかもまだ乳児だったオレを抱いて……  さらにその写真の裏には、覚えのある母の筆跡で一文が(しる)されてあった。   聖玻璃の光がふりそそぐ  ハッと思った。  すぐにオレは、やわらかめのレザーソファの上で、うつ伏せのまま気持ちよさそうに寝ているシーを抱きあげ、すぐに屋根裏部屋へと駆け昇った。驚いたシーの顔に頬をつけて、ゴメンねと謝りながら……  屋根裏部屋は、三角屋根の大きな天窓から明るい陽光が降りそそぎ部屋いっぱい光に満ち(あふ)れていた。まさに七宝の光、聖玻璃の光が降りつもったように溢れていた。  ──これだったのだ! 祖父が狙っていた意図は、だからこそ大きな天窓のある鋭角な三角屋根が必要だった、娘と初孫のために、祖父は雨ニモマケナイ木偶だった    乳児を抱いたまだ若かった母と同じように、オレはシーをしっかりと抱いたまま(まばゆ)い天窓を見あげた。祖父と母の願いに思いを寄せ、光を感じ、昇天するように……  そして「聖玻璃の風」を感じ、宇宙の声を聴いた。  ──おそらく祖父は、将来、この赫く鋭角な三角屋根の木造家屋に、初孫が住むことさえも予測していたのだろう── 7ee4f84b-a87f-4939-85e5-aea02277387f
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