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序章
──オジイサンは、木偶だった
亡き母はそういった。
庭に一本の金木犀が残る木造家屋。
両側に垣根付きの舗道がある県道から、南方へ延びる専用通路 ──約30メートルほど── のいちばん奥の木造家屋に、オレと愛犬シーズーのシーが移り住んだのは、薄明どきのようないよいよ桜が咲きはじめようとする早春だった。
50代で子宮癌に侵されてしまった母が、亡くなる数日前に打ち明けてくれた祖父の秘密は、まさにオレとシーが移り住んだこの木造家屋に基づいてのことだった。
電電公社のいち社員にすぎなかった母方の亡き祖父は、太平洋戦争後しばらくすると将来を見すえて、仙台市近郊のいくつかの土地を購入した。 ──単なるサラリーマンがどのようにして数カ所の土地を購入できたのかは不明──
さらに長女に初孫 ──長女とはオレの母で初孫とはオレのこと── が生まれると、すぐに祖父はそのなかのとくに利便性がよい土地に、今度は付近の山の一区画を買いとり、樹々を伐採して良質な木材をふんだんに使った堅牢な木造家屋を建てた。 ──木造家屋に堅牢という表現を用いたのは、すべての柱や梁に良質で丸太のような丈夫な木材を用い、しかも懇意にしていた腕利きの大工を起用し、まさに小さいながらも要塞のような建造物であったから──
しかもこの堅牢な木造家屋は、その外観にも著しい特徴があった。県道を行き交う車や垣根付きの舗道を歩く人々からは、その2階建の木造家屋はさも異様に感じられたことだろう。十字架は掲げられていないものの、まるで教会堂を思わせる鋭角な三角屋根が蒼穹を貫き、その屋根は紅焔のように赫かった。
子どもの頃、お盆になると母に連れられてよく祖父の家に泊まりに行った。広い敷地には、主屋のほかにも大きな物置小屋や家畜舎、トウモロコシ畑があった。祖母に頼まれて、いつも同じ目をしたニワトリの産みたての卵を取りに家畜舎に向かうと、子どもの背丈よりも高いトウモロコシの群れが、朝陽を浴び凛として眩しかった。かれらはいかにも楽しそうに、朝のあいさつを交わしながら歌っているようにみえた。
湯気が立ちのぼる白米に、産みたてのまだ温かな生卵をかきまぜて食べていると、つねに白髪をきちんと整えとても温厚だった祖父は、目を細めて微笑んでいた。
なぜそのような祖父が、このような風変わりな木造家屋を建築したのか? 温厚で働きものだった祖父 ──出勤前の早朝に畑仕事をしていた── を尊敬さえしていた母が、なぜ木偶 ── 木偶とは木彫りの人形または役に立たない人=デクノボウ── と断定したのであろうか?
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