修道女

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修道女

前世の記憶を持つ子供の話は何度か聞いたことがあるが、今世の記憶がある前世の人間がいるというのは聞いたことがない。 当たり前かもしれないが、輪廻転生が本当に存在するならば、今この世で生きている人間が、自分の前世に生まれ変わることは不可能だ。 しかし、今。 カフェで向かい合わせに座っているわたし達は、前世の姿だ。 今世の記憶、姿、自分が誰なのかわかってはいるが、何故か口から出てくるのは前世のわたし、「はな」の言葉だ。 彼も同じだった。 ついさっきまで、周りの妙な変化を不気味に思っていた彼も、今世の自分をわかっている。 こうして今、わたしに「はなさん」と呼びかけながらも、今世で「羽美ちゃん」とカフェに来たことを忘れているわけではない。 このおかしな状況を、何故だかわたし達は自然に受け入れている。 「お待たせしてごめんなさいね。」 キーマカレーと目玉焼きが乗ったナポリタンを運んできた女性店員さんは、不思議がる素振りもなく常に笑顔である。 「はなさんは目玉焼きが好きだよね。」 目の前にいる彼は、わたしが17歳の時に近隣に住んでいた寺の息子、「勇」である。 歳はわたしより三歳上だ。 わたしが19歳で修道院に入会し、暫く経ったある日、貧しい人々の家を訪問し、公教要理を教えていた時、偶然再会したのである。 カトリックの修道院では、一番のタブーは恋愛だ。 「従順」「清貧」「貞潔」の3つの誓いを立てており、身も心も神にだけ捧げている。 わたしは我欲を捨てたシスターのはずだ。
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