少女、時を超えて

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「あ…あの、あたしはどうしてここに?」   とりあえずコスプレごっこは無視して、しどろもどろで質問をぶつける。 「昨日、夜の見回りの時に石段の下に倒れていたのを見つけたんですよ。」   どこまでも男は笑顔だった。   「そうですか、ありがとうございます。」 どうやらあの男はあたしを放置したまま逃げたらしい。それにしても見回りとは、今のおもてなし隊はそこまでするのかと感心してしまう。腰の刀をまじまじと見てしまった。   「腕大丈夫ですか?」 「えっ?」   右肘の下辺りを指さされ、よくよく見てみると擦り傷が出来ていた。 「大丈夫です。本当にありがとうございました。」   腕を隠すように頭を下げる。   「大丈夫ですか?誰かに襲われたとかじゃ?」   その言葉に一瞬、体がビクッと固まり昨日の男が頭に浮かんだ。   「よかったら、お家までお送りしますよ。今日は非番ですので。お家はどこです?」   「いえ、明るいし大丈夫です。」   「けど、最近は物騒ですから送らせてください。」 どこまでも物腰の柔らかい彼はあたしより、少し年上だろうか。   「おい、総司。」   一人で帰ろうとするなずなを男が引き止めていると襖から不機嫌な声がし、同時に振り向いた。 その男の姿を見て、また目が見開く。   「え……。」   総司と呼ばれた人よりもかなり年上に見えるその人も袴に刀。ここは観光案内所なのだろうか。それとも熱狂的な新撰組ファンの痛い家族に拾われたのだろうか。うなだれるように頭を抱えた。 「何ですか、土方さん。」 「その女、帰しても大丈夫なんだろうな?」 「大丈夫ですよ、刀も持っていないみたいですし。」 「女は刀を隠し持つんだ。長州の密偵という事もある。帰すのは調べてからだ。」 何とも耳を塞ぎたいくらいの、時代錯誤な会話にポカンと口を開ける。 「名前は?」 偉そうに見下ろすその男の態度が気に食わず、プイッと顔を逸らす。   「お前!」   ズカズカと近付くその男に「まぁまぁ」と目の前の男が間に入り、またにっこりと笑みを向けられた。 「すみません、この人怖くて。」 にこやかに話すその人にも警戒心を強め眉間に皺を寄せる。笑顔に惑わされたらダメだ。 「あなたのお名前を教えていただけますか?」 「あ、あたしの前にあなたから名乗ったらどうですか?」 毅然とした態度でと言い放つと「失礼しました」とまた一つ笑みを浮かべ畏まる。 「新撰組一番隊組長、沖田総司と申します。」 濁りのない笑顔になずなの表情が固まる。 「はっ…?」   思わず瞬きを繰り返すと「その怖そうな人が副長の土方さん」と更に続ける。   ここに来てまだ新撰組ごっこを繰り広げられ、うんざりとやるせないため息をわざとらしくついた。 「で、あなたは?」 「変な嘘つかないで下さい!!」 付き合いきれず大声を上げ立ち上がった。 「嘘ってどういうことですか!?嘘じゃないですよ!」   まだシレッとしているその男達に無性に腹が立った。 「いい年して、新撰組ごっこですか!?」   部屋の空気が凍る。けど、かまわず続けた。 「助けてくれた事にはお礼を言います。けど、あたしまで巻き込まないで下さい。失礼します。」   「待て。」 その場を立ち去ろうとすると土方と名乗る男に腕を掴まれる。   「触らないで!!」 一瞬、取り乱し乱暴にその男から離れた。 「まだお前の名前を聞いてない。名前は?」 なずなの態度を気にもせず、鋭い眼光を向けられ背中がヒヤリとする。 「秋月なずなです。」 諦めてそっぽ向いたまま答えた。 「フン」と馬鹿にしたように鼻で笑われ思い切り顔をしかめる。あたしがこの世で最も嫌う男の態度だった。この人は絶対におもてなし隊の人ではないだろう。 『変態!!』と叫びたくなる心の声を押し殺して廊下に出ると、またもや「待て」と引き止められた。
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