少女、時を超えて

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少女、時を超えて

ジージーと最後の一声を振り絞るかのようにアブラゼミが鳴いている。   受験を間近に控えた高三の夏、ようやく長い夏期講習が終わると、あちこちから「終わったぁ」と開放感たっぷりのため息がもれた。   「今日、祭りに行くやつ。羽目はずすなよ、見回り行くからな。」   どうやら今日は夏祭りらしい。 「秋月さん、今日誰かとお祭り行く?良かったらうちらと一緒に行かない?」   突然の誘いに戸惑いを隠せずにいると「え?秋月さんが来るなら、俺がとっておきのとこ案内したるわ」と隣の席の横山翔太が声を弾ませ、「何それ、あたしも知らないところ?」と周りの女子が怪訝そうに翔太に絡んでいた。   東京から京都へ転校して約一ヶ月、まだまだクラスには馴染めていない。 少しだけ心弾ませて家に戻ると、パートに行っているはずの母親がリビングでぐったりと寝転んでいる。空になったお酒の缶がテーブルに散らかり、がっくり肩を落とした。   「お母さん?」 「うるさい!!どっか行け!!」   そっと肩に手を置くと乱暴に振り払われる。 また、男に振られたのだろうか。大きくため息をつくと、「なずなのせいなんだから!あんたがいなければ…」とお決まりの台詞を背中に掛けられ、無反応に押し入れの収納棚を開いた。   「何であんたが生きているのよ…。」   こんな日は母の恨み節は止まらない。 去年の文化祭で一度だけ着た紺色の浴衣を手に取り素早く着付けていると、背中にお酒のカップが飛んでくる。 「顔も見たくない、帰ってくるな!!」 表まで響く声から逃げるように待ち合わせ場所まで急いだ。   父はあたしが生まれてすぐに病気で亡くなった。母が頼りにしていた兄も、七年前に亡くなってしまい、母は狂ったようにお酒と男に溺れた。崩壊していく姿はまるでドラマを見ているようで、信じがたいものだった。母から逃げるように目と耳を塞いだ今ではすっかり何も感じなくなってしまっていた。   「秋月さん!」   待ち合わせ場所の一つ手前の路地で、突然横から腕を捉まれる。先ほど横山翔太に絡んでいた蒔田茜だった。 「ごめん!」と直角で頭を下げられ、顔を覗き込む。 「今日、やっぱり帰ってくれへんかな?」 申し訳なさそうに手を合わせ、こちらの顔色をちらちらと伺う。 「え、でもみんなで花火って…。」 首を傾げると、「ああ、もう」と面倒くさそうにため息をつかれる。   「秋月さん、鈍そうだからはっきり言うね!あたし翔太が好きやねん。今日告白するつもり。けど、翔太は秋月さんにちょっと気があるみたいやから…そしたらうちが目立たなくなるやん。えぇね、東京から来たってだけで、ちやほやされて。」 「そんなことないと思うけど…。」 果たしてちやほやされていただろうか、と首を傾げる。 「イライラするんよ、その話し方も。秋月さんも翔太に気があるん?」 集合場所に横山翔太の姿が見える。確かに彼はクラスの人気者で、その場にいるだけで華がある。 「あたしは何とも思ってないよ。」 「ほんならええやろ?そこの神社、あそこからもよう花火見えるから。」 じゃあ、と待ち合わせ場所まで小走りで行ってしまう。 「秋月さん、来られなくなったって」と、横山翔太を独り占めするように腕を絡める蒔田茜の姿が人込みへと消えて行く。   煌びやかに賑やかになってきた屋台から目を逸らすようにその場を離れた。
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