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私は人生の中の大抵のことは、
すでに経験してきているので、
この歳になって、
初めてのことに迷う日が来るとは、
思いもしなかった。
私は本当に小さい頃から、
物怖じしない性格だった。
初めてのことにも、淡々と取り組んできた。
勉強も恋愛も、
仕事も趣味も子育ても、
大それたことをしてきたわけじゃない。
ただ、
自分の選択に、
不安や葛藤はなかった。
それだけだ。
君に交際を申し込んだ時も、
プロポーズした時も、
あまりに緊張感なく、
淡々としていて、
君は笑ってしまっていたね。
申し訳ない。
私はたしかに君のことを好いていて、
真剣だったのだけど、
君の返答に不安になるということは、
なかったものだから、
余裕ぶって見えて、
感動に欠けてしまったのではないかと思う。
息子が生まれた時も、
初めて歩いた時も、
成長していくこと全てが、
ちゃんと嬉しかったのだけど、
驚きというものがなかったものだから、
君や息子には、
興味がないように見えていなかっただろうか。
息子の結婚式も、
孫が生まれた時も、
ぶっきらぼうに見えたかもしれないが、
嬉しかったよ。
小学生の孫が家出してうちへ来た時も、
一人で電車を乗り継いで来たことに、
驚きはしなかったが、
孫の身を案じていなかったわけじゃないのだ。
たしかに危ないことだ。
ただ賢い子であることも分かっていたので、
大丈夫だと思ってしまったのだ。
私はもうすぐ死ぬだろう。
実はそれも分かっている。
というのも、
私は一度人生を全うし、
二度目の人生を送っているのだ。
死ぬのも二度目。
怖くはない。
なぜそんなことになったのかといえば、
一度死んだ時、天使が私に言ったのだ。
後悔があるならば、
前と同じ道を、
無いならば、
新たな道を与えられると。
私は、
君との人生があまりに幸福だったので、
名残惜しく、
つい、同じ道を選んでしまったのだ。
私は出会うべくして君に出会い、
息子も孫も、
生まれるべくして生まれたのだ。
全てが、
私の幸せだった過去と同じ、
寸分違わぬ人生だった。
そして今、私は迷っている。
また選ぶ時が来るのだ。
同じ道か、新たな道か。
いい加減、君に申し訳ないというのもある。
私ばかりが知っていて。
それに、私が死ぬ時、孫はまだ高校生。
同じ選択をすれば、また繰り返すだけ。
その先を私は、
どうやっても見ることはできないのだ。
それならば、
この先も幸福に生きてくれることを信じて、
私も前とは異なる選択をし、
先へ進むべきではないかと思うのだ。
違う道とは何なのか。
天国へ昇るのか、
地獄へ落ちるのか、
全てを忘れて輪廻を巡るのか。
なぜ天使はこんな選択を用意しているのか。
もしかしたら、
この二度目の生だと思っている今は、
一度目の生から地続きの、
単なる走馬灯でしかないのかもしれない。
終
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