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ウミネコの唄
ある古代の遺跡からウミネコの化石が大量に発見された。
それだけなら何も不思議なことはない
古代人がウミネコを食べていたという痕跡は至るところから発見されている。
問題はその化石に奇怪な文字が刻まれていたということだった。
考古学者の菅原はその文字の解読に取り掛かった。その文字はヒエログリフに似ているが全く別の文字であった。
規則性のなさは、菅原の脳を久々に湧き立たせた。その中から微かな糸を紡ぎ出しほどいてゆく。菅原は夢中になった。
その糸は手繰り寄せたと思った瞬間先が途切れ、そして更にもつれた糸の束を掴み、食事も忘れて菅原はほどき続けた。
40年研究室に籠り続け、菅原はあることに気づいた。
それは宇宙を解読する上で重要なリズムだった。
その文字には緩急がある。スピードの速いところじっくり刻まれたところ。この動きは文字を刻むというより、意志そのものだった。
文字から意識を伝えるのだ。
ある種テレパシーのような存在なのだ。
それに気づいた菅原は文字の速度のデータを取った。見事に浮かび上がる生々しい文字。
それは生命そのものだったのだ。
菅原は涙を流し白い天井を見上げた。
とめどなく涙が溢れる
美しい
菅原はいつまでも涙を流していた
〜〜〜〜〜
時は遡って紀元前3世期。
街はウミネコの大量発生に頭を悩ませていた。
まだ冷凍保存の技術のない時代。
いくらウミネコが貴重なタンパク源だとしても、これは獲れすぎだ。
糞尿の害が深刻な問題となっていた。
ウミネコは大量に殺された。
もう誰もウミネコを貴重な資源と思うものはなかった。
そんなウミネコを哀れに思った少年は、ウミネコを一体一体埋葬して行った。
ウミネコの哀しみが少年の体を満たし、少年は涙を流した。とめどなく溢れる涙は、埋葬するウミネコの体に滴り落ちてゆく。
涙はウミネコの体に不規則なリズムを作って注がれた。
涙はウミネコの体を侵食し、不思議な結晶を作り上げた。まるでヒエログリフの文字のように広がる涙の結晶は、少年とウミネコの身体へと刻み込まれ、そして少年は力尽きて大地へと倒れた。
ただ広がる涙の結晶
やがて街はウミネコに覆い尽くされ、人々は街を捨てた。
広陵ととした大地に少年の涙の文字が刻まれてゆく。
そして静かに塵が少年とウミネコを覆っていった。
〜〜〜〜〜〜
菅原が流した涙がひと雫ウミネコの化石に落ちた。
菅原の涙は化石と化したウミネコに潤いを与え、首をもたげて一声鳴いた。
涙は化石たちに次々と降り注ぎ、ウミネコは羽を広げると窓の外へと羽ばたいた。
ウミネコの列は一列、月夜へと優しい歌声を残して消えてゆく。
菅原は薄れゆく意識の中で少年の歌を聞いた。
羽の毛布の猫の子は
乳を求めて泣き疲れ
ゆうべの月夜が消える時
星の雫にくるまって
羽の毛布で母に会う
最後の一羽が羽ばたくとき、菅原の髪の毛を一本足に絡ませた。
月夜にウミネコは一筋糸を引きながら、丸い月夜へ消えてゆく。
あたりに静かに塵が降り積もり、老人となった菅原を覆い優しくつつんでゆく。
静かに
静かに
〜おしまい〜
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