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【ダメ王女】②
「ああ、やっぱりここでしたか。どこだか分からなくなって探してました」
新顔のメイドが言った。
自分の仕事場である城砦で迷うとは呆れた。おそらく雇われて間がないのであろう。マルシアスはこんなメイドを迎えに寄越した守備隊の隊長に腹が立ってきた。
「お腹空いたわ、食堂に案内してよ」
「この時間ではまだ開いてません、残念でした」
「それなら、お茶とお菓子を持ってきて」
「それも残念でした、さっき、レモンちゃんと食べちゃったから」
食べちゃった、残念でした、なんというぞんざいな言葉遣いだ。腹が立つのを忘れるくらいバカなメイドである。マルシアスはこんな愚かな人間と同じ空気を吸っていることに耐えられなくなってきた。そもそもレモンとは何者だ。
「はーい、レモンが食べました」
手を上げたのは、部屋が分からなくなったと言ったメイドだ。これがレモンとやらであった。レモンは他の二人とハイタッチをしている。どこまでもバカの度合いが深いメイドたちだ。
「いつまで待っていればいいの、こんな汚くて狭い部屋は辛気臭いわ。早く司令官の部屋に案内してよ」
「皆さんのお部屋はここですよ、聞いてないんですか」
三人のうち年かさのメイドが答えた。こちらは少しはマシかと思ったが、この口の利き方では当てになりそうにない。
「こんなところで寝るわけ? 信じられない」
「司令官にはお一人様用の個室を用意するべきです」
スザンヌも口添えする。
「私たちだって二人で一緒の部屋なんだから、いいじゃないですか、司令官殿」
また癇に障る話だ。
「ちょっと待って、あんたメイドなのに部屋を宛がわれているわけ?」
メイドの分際で個室を持っているとは何事か、司令官のマルシアスは到着早々、思考回路が爆発しそうになってきた。州都の町でもメイドなんかは食堂で雑魚寝するのが当たり前だというのに。
「これだから、田舎は嫌なのよ」
マルシアスは思わず足を投げ出して上を向いた。見上げた天井の煤の汚れが否応なしに飛び込んできた。
辺境のカッセル守備隊は軍の厄介者である。しばらく前、不倫した文官をカッセルに左遷したのだが、ここでもなにやら問題を起こしたようだった。その後始末と立て直しのために遣わされたのだが、初手からこれでは先が思いやられる。
「辺境では致し方ありません・・・王宮が恋しくなりますね」
スザンヌが「王宮」と言ったのでメイドの目がキラリと輝いた。
「王宮ねえ・・・懐かしいわ」
「あら、あんた、王宮を知ってるの」
「実は・・・こちらは」
年うえのメイドが言いかけたが、ハッとして口をつぐんだ。
「こんな辺境にいたら、王宮のことは知らないでしょう」
田舎者のメイドが王宮に行ったことなどあるはずもない。考えてみれば、メイドになるような女は貧しい家に生まれ、半径3キロ以内で一生を終えるのだ。ことに辺境で暮らすのは、税を滞納して売り飛ばされたりしたとかの事情を抱えたドン底の境遇なのだ。それだから、都会から来たマルシアスに嫉妬しているに違いない。態度が悪いのも、実は手の届かない世界に対する憧れなのだろう。
そう思うとメイドが憐れになってきた。
「それじゃあ、あなたたち田舎者に都会の土産話をしてあげよう」
マルシアスが言うとメイドたちがうんうんと頷いた。
「こっちは貴族の話とか、王宮のことなんかも知ってるのよ。そこに座って聞きなさい」
マルシアス・ハウザーは床を指差し、座るように命じた。メイドは素直に床に腰を下ろした。王宮を持ち出したことで、ようやくこちらの偉さが理解できたとみえる。三人のうち二人は前に座り、レモンと名乗ったメイドだけはさらに後ろに控えて座った。底辺のメイドたちにも序列があるらしい。
「何がいいかな・・・そう、王宮はね・・・」
そう切り出すと、前列に腰を下ろしたメイドが身を乗り出してきた。さっそくこちらの話に食いついてきたようだ。無教養の田舎者には、王室で誰と誰が仲が悪いとか、貴族の呆れた不行跡などの噂話がピッタリだ。どうせ初めからその程度の頭しか持ち合わせていないのだ。
メイドたちの様子を見てマルシアスは、とっておきのスキャンダルを話そうと決めた。
「辺境州に追放された王女の話がいいかな」
「はあ・・・な、なんと」
「驚いたでしょう。あんたたちは知らないと思うけど、王宮では皇位継承権を巡って争いがあってね・・・」
そう前置きしてマルシアス・ハウザーは辺境に追放された王女の話を始めた。
ルーラント公国の国王は王位に君臨して数十年、今もって健在だが、その裏で皇位継承を巡る駆け引きはすでに始まっていた。王子は三人いて、今のところ第一王子が次の国王の最有力候補の地位を固めつつある。そうなると、下位の王子は地方の軍隊の顧問に下向したり、王女であれば貴族か他国の王室に嫁ぐしか道がない。ルーラント公国では王女が嫁ぐ際には皇位継承権を返上するのが慣例だった。
「国王には王女は六人いるのだけど、本当は七人目の王女がいたの。その第七王女というのはワケアリでね。王様が見初めた町の女に産ませた娘だったわけ」
「ふむふむ」
いよいよ話は佳境に入ってきた。マルシアスの話をメイドたちは感心して聞いている。さらに話を続けた。
七番目の王女は小さいころから甘やかされて育ち、ギロチンごっこや家来を檻に入れて虐める「いたずらっ子」だった。そこで、第一王子は重臣と謀り王室の評判が悪くならないよう、結婚相手が決まらないうちに第七王女の皇位継承権を剥奪して辺境に追放したのだった。今では辺境の州都で、たった一人のお付きとともに暮らしているということだった。
「あんたたちも州都に行ったら、そのダメ王女様に逢えるかもしれないわ」
「そう言えば、ここへ来る途中、州都に寄ったのに王女様の噂は聞かなかったですね。ひょっとして、あの王女のことですから、州都でも評判が悪くなり追い出されたのでしょうか」
部下のスザンヌも一人で納得している。
「州都ですら面倒を見切れなくなって追放したんでしょう。こんな辺境で流浪の旅とはますます気の毒ね。もしかしたら、王女が道端で物乞いをしてたりして・・・それとも、野垂れ死にしちゃったかも・・・あら?」
跪いて聞いていたメイドが泣いていた。追い出された王女を思いやっているのだろうか。いずれにせよ、ダメ王女の追放劇は田舎者には格好の土産話になったようだ。
「あんたたち泣いてるのね。ダメ王女に同情してくれる人がいるなんて、世の中、まだまだ見捨てたものではないわね。アハハ」
「黙って聞いていれば何事ですか、お前たち、許しません」
若い方のメイドがすくっと立ち上がった。年上のメイドは跪いたまま見上げた。
「無礼者、このお方をどなたと心得る。このお方こそ、ルーラント公国第七王女、マリア・ミトラス王女様です」
「はあ・・・誰が・・・」
「この私が第七王女です」
「えっ・・・そんなことって」
「あり得ない」
「あり得るのです。その証拠に言って聞かせましょう。第一王子は・・・」
メイド姿の第七王女、マリア・ミトラス王女様は第一王子から始まって王子を三人、次に六人の王女まで一気に名前を朗誦した。
「いかがですか、これが王女である証です」
マルシアスと部下のスザンヌは唖然とし、汗がドッと吹き出し最後にワナワナ震えだした。
この出来の悪いメイドが王女様だったとは。マルシアスは側室の子であるとか、いたずらっ子だったとか、皇位継承権を失ったとか、王女様本人を目の前にして言ってはならないことを話してしまったのだ。慌てて床に手を付いて頭を下げた。スザンヌも頭を床に擦り付けて土下座した。
「ははあ、申し訳、申し訳ございません、知らぬこととはいえ、どうかお許しを」
「やったー、王女様の勝ちですよ」
レモンが手を叩いた。
「マリア王女様、この者たちをいかがいたしましょう」
「断頭台に懸けたいです」
「そうですね、皇位継承権の一件はこちらでは秘密にしておりましたから、バッサリやりますか」
「守備隊の隊員や城砦の住民に知れ渡ったらヤバいし・・・アンナ、とりあえず監獄に入れておきなさい」
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