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【CZ46】①
ジェインも美人だし、その怪しい女もこれまた超絶美人だ。
「あなた、指名手配されているのよ。警察に通報しますからね」
「ワタシは捕まらないわ。さっきだって逃げてやった。あなたにも捕まえられない」
元ヤンキーのジェインと正体不明の美人。フェルを間に挟んで気まずい雰囲気が漂った。バチバチと火花が散るようで、これでは口喧嘩ぐらいでは収まらず、路上で掴み合いにならないとも限らない。二人の美人を相手にするのはそう簡単なことではなかった。
「そもそも、あなた何者なの」
怪しい侵入者は名前を問われても黙ったままだ。
「私はジェイン、警備員やってる」
ジェインが自己紹介した。それから、フェルを見て、
「こちらはフェル、石とかレンガの研究者。お堅い真面目な学者様。さあ、こっちが名乗ったんだから、名前くらい言いなさい」
「・・・CZ46」
「CZ、何それ、名前を言ってよ」
「ワタシはCZ46」
「それが名前なの?」
ジェインがグッと身を乗り出す。
「製造番号がCZ46だった。アタシ・・・ロボットですから」
「ロボット!」
ジェインがのけ反ったのでブルンとおっぱいが揺れた。
ロボット・・・フェルはその女性、CZ46をしげしげと見た。髪の毛、額、目も鼻も口も、どう見ても人間としか思えない。目元は涼し気で鼻筋はスッとしてモデル級の美人だ。本当にこれがロボットなのか身体に触れてみないと分からない。
「ロボットと言われても信じられない、そうでしょう、フェル」
「触ってみる?」
女が、CZ46が見透かすように言った。
「やだ、フェルが触ってみてよ。私はか弱い女性なの。感電したらどうするのよ」
「か弱い女性」のジェインが、ロボットかどうか確かめる役をフェルに押し付けた。さっきから続いているCZ46との言い合いでは、どうみても「か弱い女性」とは思えないのだが。
「それでは、握手しましょう」
フェルは右手を差し伸べて握手を求めた。CZ46も右手を差し出したが、その手には手袋をはめている。それで、慌てて左手を出した。何か違和感を感じつつフェルも左手に変えて握手をしてみた。
普通に人の手の感触だった
「どう・・・ロボットなの」
「手の皮膚の感覚は人間と変わらないな」
「そっちは、右も見せてよ、武器なんか隠してるんじゃないでしょうね」
「見たければ、どうぞ」
ジェインに言われてCZ46が黒い手袋を少しだけずらした。現れたのは明らかに人体ではなかった。光沢のある金属質の義手だったのだ。
「うっ、ヤバい」
ジェインが驚いてフェルにしがみついた。
「ロボットじゃん」
CZ46は確かにロボットだった。
路上では込み入った話ができないのでフェルは二人を伴って玄関を入った。
マンションのリビングでソファに座った。フェルの隣はジェイン、CZ46は向かい側に腰を下ろした。
CZ46が語ったところによると・・・
CZ46はある研究機関によって作り上げられた。ところが、そのチームの一人が、CZ46の部品の一部を人間に移植する手術をおこなった。実験の対象になった相手は過去の世界から呼び寄せられた女性だった。その女性は、事情を知らされずに現代に連れてこられ、右手と左足にCZ46の部品の一部を埋め込まれた。そしてまた元の時代に帰された・・・
「というわけで、取り外された右手は義手になってるの。左足も膝から下の一部分がないからソックスで隠してるのよ」
「そんな実験をしたなんて・・・」
いくら科学の発展のためとはいえ、人体実験などは到底、許されることではない。フェルはCZ46が気の毒に思えてきた。さらに、その移植対象者の女性はもっとかわいそうだ。
「なるほど・・・そんな事情があったのね」
ジェインも話を聞いて目を伏せた。それはCZ46に対してではなく、実験台にされた女性のことを思ったのだ。
「そうすると、あのレンガに埋まっている金属部品があなたの身体の一部なのですね」
フェルには疑問が解けてきた。CZ46がフェルの研究室でレンガを奪おうとしたのは、そこに食い込んでいた金属片やネジが移植された部品だったからだ。
「ワタシの身体を返してもらいたいだけよ。だって、自分のものだから当然でしょう」
「なるほど。ですが、小さなネジや部品の破片だけでは、それを手に入れても、あなたの身体を元通りに修理できるとは思えません」
「ふふふ、さすがは学者様、理解が早いわ。そこの、あなたと違ってね」
CZ46がジェインに向かって挑発するようなことを言った。
「部品があるのは城砦の遺跡でしょう。ワタシを遺跡に連れて行ってよ。そこで残りの部品を探し出すわ」
CZ46はそのレンガが発見された遺跡まで案内してくれと持ち掛けてきた。
「そんなことにフェルを利用しようというの? ダメよ、一人で行けばいいじゃない。フェルは行かないわよ」
フェルに代わってジェインがあっさり断った。
「あなたに訊いてないわ。そっちに頼んでるの・・・フェルだっけ」
「気安く呼ばないでよ、フェルだなんて」
女性同士、どちらも一歩も譲らない。いよいよバトルになりそうな雰囲気になってきた。
フェルはCZ46に向かって言った。
「発掘すると言っても、遺跡は市の管理になっているので、許可なく遺物を持ちだしたら罰せられます」
「ほーらね、フェルの言う通りよ。勝手に掘り出せないのが分かったでしょ。こっちまで犯罪に巻き込まないで欲しいわ」
遺跡を無断で発掘したら盗掘になるし、まして破壊したり出土品を持ち帰ったら、研究者としては二度と調査には加われなくなってしまう。フェルが個人的な理由での発掘は不可能だと答えると、ジェインがしてやったりというような表情を見せた。しかし、CZ46はそう簡単には引き下がらない。
「そのレンガって古いのでしょう、何百年とか前の・・・」
「ええ、推定で約550年前、いえ、もっと遡るかもしれません」
レンガの発見された遺跡とレンガの年代は550年ほど前である。
「遺跡を掘り返せないのだったら、過去の時代に行くわ。500年でも1000年前でも構わない」
CZ46は時代を遡って過去の世界に行きたいと言いだした。まるで映画の中のような話で、フェルにはそんなことが可能とは思えなかった。
「いったい、どうやって行くのですか、タイムマシンでも作らないと行けません」
「ワープするの」
「SFかゲームの世界みたいですね」
「ふふ、フェル、あなたに関係があることよ」
CZ46が笑った。何か意味ありげなぎごちない笑いだった。
「フェル、あなたはレンガの研究してるんでしょう。私と一緒に、その世界にワープして実物を調査してみたいと思わない」
「僕にも行けというのですか」
CZ46は過去の世界には自分一人で行くのではなく、研究者のフェルも行かないかと誘ってきた。
「タイムマシンとかなんとか、あんたの話は全部インチキっぽい。フェル、この女に騙されないで・・・フェル?」
ジェインが心配そうにフェルを見た。
「うーん、過去に行けるのか・・・」
フェルは少しばかり心が動いてしまった。考古学者でも歴史学者でも、その時代に行けるのであればぜひ行ってみたいはずだ。
500年ほど前の時代に行き、城砦に立った自分を想像してみる。
フェルは跳ね橋を渡って城門を潜り城砦に入って行く・・・城砦の領主が暮らすキープ塔、物見櫓、兵舎をなどを見られる。いや、この手で触ることができる。城壁は工事中で、レンガを積み上げる工程を実際に見ることができるかもしれない。階段を上って塔に登ってみたい。きっと螺旋階段は暗くて狭くて急な石段なのだろう。塔の上の歩廊を歩き、そこから見える景色は・・・
思い直して首を振った。ワープやタイムスリップなどはあまりにも荒唐無稽だ。単なる夢でしかない。
「当時の世界に行けるのなら、それは研究者としては誰でも一度は考えることです。しかし、せっかくのお話ですが、中世に建てられた城塞都市は、塔や城壁などは現代にもそっくりそのまま、良い状態で残っているものが多いのです。観光施設になっている城もあるし、中には今でも人が住んでいたりします。研究材料には事欠きません」
フェルはやんわりと誘いを断った。
「それじゃあ、ワタシはどうなるの。何年も待って、ようやく手掛かりに巡り合えた。ワタシが蘇るチャンスが到来したの。レンガが掘り出されたことで、すでに歯車は回りだしているってわけ。ワープして、その女から手足を取り戻したいのよ」
「取り戻すなんて、強引に奪うようなことはやめてください。女性を探して、またここに戻ってきて手術をするのならいいけど、人の生命にかかわることですよ」
移植手術された部品は、今でもその女性の身体に埋め込まれているのだ。取り出すためには現代に連れ戻して再び手術しなければならないのである。だが、もし、力ずくで奪い取るとしたら・・・相手を負傷させかねない。最悪の場合、その女性は命を失うことにもなるだろう。
「ワタシは科学者ではないから移植手術ができない。だから、探し出して連れ帰るだけでいい」
「怪しいわ、だって、研究室に侵入したくせに。あれは立派な泥棒よ。うまいこと言って、その人から奪い取ろうというんでしょ」
ジェインも参戦した。
「こっちは部品を取り戻すために必死なの」
「一人で行きなさい、泥棒猫」
二人の言い合いはたちまちヒートアップしてきた。
「ワタシは当時の歴史に詳しくない。だから、学者様のフェルに案内してもらいたいの・・・お願い、見捨てないで、フェル」
CZ46がうなだれて肩を落とした。ロボットだから涙を流すことはないはずだが、フェルには泣いているようにも見えた。ロボットではあっても女性を泣かせてしまったのは気が咎める。
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