懐かしいヒト

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懐かしいヒト

玄関で光を待つ小林。 少し離れた所から、それを見守る篤史。 小林が玄関に向かってくる光を見つけた。 「よぉ!」 と、笑って小林が手を降る。  光は驚き動けなかった。  小林が近づくと、光は少し後ずさりした。 その様子を見て、篤史はいつでも光を助けるため飛び出す準備をした。 「なんだよ〜、叱られるの分かってるのか?」 と、苦笑いしながら、さらに近づく小林。  そして、光の目の前に立った。  光は下を向いたまま動けなくなっていた。 その姿を見て、篤史もさらに緊張感を高めた。 その時、小林が光をそっと抱きしめた。 そして光は、無言で小林に寄りかかった。 彼は、ずっと迷惑をかけたことを謝りたかった人の中の一人だ。 でも、会えた喜びとそれ以上に戸惑いが強く、言葉が出てこなかった。 小林と光の抱き合う姿に、見ている職員皆が驚いた。 人と関わることが得意ではない光は、人と触れ合うのを好まなかったからだ。 小林は、光が声を出せなくなっていた時に、話せるようになるように協力してくれた男で、嬉しいときも辛いときも、ずっと近くに居てくれた人だった。 そして、光に何かある度抱きしめてくれる人だった。 由香は、当たり前のように抱きしめる小林に胸が痛くなった。 『私はずっとしたくてもしてあげられなかったのに…あんな簡単に…』 と…。  そして、小林が一言、 「ごめんな」 と伝えると、光は泣き出してしまった。 篤史も由香も、職員達も言葉を失った。 光とは親しくなっていた気がしていた。 でも、心を許しているまででは無かったのだ。 光の、心を許した相手にしか見せないであろう涙を目の当たりにして、小林の存在が、光にとってどれだけ大きいのか…知った気がした。  そんな周りの空気を気にもせず、小林は、 「お前は何も悪くない」 「悪いのは、お前の辛さに気付けなかった大人だ」 と光に言い、 「無理に帰れとは言わない」 「でも、一つだけ…」 と言った後、光の肩を抱き、目を合わせて、 「葵も香さんも、今もこれからも、お前の帰りを待ってる」 「…俺もな」 そう言い、ニコッと笑い、 「今度は家で会おうぜ!」 と言い残し、そのまま帰って行った。 嵐の後の静けさのように静まり返る玄関で、光の声を殺して泣く声だけが響いていた…。 由香は思わず裏口へ向かい走り出した。 そして、駐車場から出ようとする小林の車の前に飛び出した。 急ブレーキをかけ、車の前にしゃがみ込む由香に駆け寄る小林。 「大丈夫ですか?」 そう小林に聞かれ、由香は、 「勇気を…助けて…」 と、小林の両腕を掴み、泣きながら訴えた。 光の本当の名前を知らなかった小林は、光の事だと思わず、 「えっ?」 と、問いかけると、由香は慌てた様子で、 「失礼しました!」 と言って、給食棟へと走り去った。 『バカ!母親だと知られたら駄目なのに、』 と、勢いで飛び出してしまった事に後悔しつつも、彼なら勇気が幸せになれる方法を知っているのでは…と思っていた。
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