私の居場所

1/1
前へ
/20ページ
次へ

私の居場所

明るい声が弾む食事会。 一人、由香だけは、食事が喉を通らなかった。 勇気の幸せが見れて嬉しいはずなのに、泣きたかった。 そして、苦しかった…。 少し離れた所から、篤史は由香の沈んだ顔が心配になっていた。 一人ぼーっとしてしまっている由香に、 「コーヒーいかがですか?」 そう声をかける人がいた。 『この人は前に電車で見かけた人…』 そう思いながら、香の顔を見つめていると、 「どうぞ」 と優しい眼差しで香が微笑み、机の上にカップを置いた。 その微笑みが眩しくて下を向く由香に、 「井上由香さんですよね?」 と、香が問いかけた。 由香が、思わず、 「えっ?」 と、声を上げると、 香は、座っている由香の前にしゃがみ、 「光を産んでくれて、見守ってくれていたんですよね?」 と、問いかけた。 すると、由香は泣き出してしまった。 その泣き声に静まり返る部屋の中、由香のそばに光と葵が近づいてきた。 思わず立ち上がる由香。 由香の左手を、葵が両手で包み込んだ。 「光の妻です」 「よろしくお願いします、お義母さん…」 その言葉に、また泣き出してしまった由香。 そんな由香の姿に、葵が、 「光、どうしよう…?」 と言いながら光に目をやると、光も困った顔で戸惑っていた。 その姿を見て、葵は、 「じゃあ…」 と言いながら、包み込んでいた由香の手を光の手に重ねた。 「まぁ、こんな感じかな?」 と、笑顔の葵。 「おい、光が固まってるぞ」 と、呆れた声の小林の後で、香が、 「由香さん、暴走娘でごめんなさい…」 と、由香に謝っていた。 その温かな空気で自然と周りが和んでいった。 そんな中、光が由香の顔を覗き込むと二人は目があった。 「母さん…、ありがとう」 初めて伝えた感謝の言葉は、少し恥ずかしそうに照れくさそうに微笑みながら伝えられた。 由香は、また泣き出してしまった。 困った光は香に視線を送り、助けを求めた。 「泣かせてばかりで、ごめんなさいね」 香が由香の肩に手を置き優しく声をかけた。 「光のお祖父さんから、由香さんのことを聞いて…」 「皆で話して、会いに行こうってなったんです」 そう続けた後、 「一緒に、前を向いて幸せになりましょう」 と、由香に微笑みかけた。 由香は首を横に振る。 「私、この子を置き去りにしたんです…」 そう呟き下を向いてしまった。 「勇気を助けてって俺に言いましたよね?」 と、小林が由香に問いかけた。 由香が小林を見つめる。 「香さんから光の本名を聞いて、もしやと思ってじいさんに確認したんです。」 「あなたは、ここで光を見守っていたんですよね?」 と由香に真剣な顔で伝えると、小林は、今度は少し優しげな顔をして、 「俺たちだけじゃ、光は幸せになれないんです」 「あなたも一緒に幸せになってもらわないと」 と、続けて伝えた。 そう小林が伝えると、また由香は泣いてしまった。 「かあさん…今僕幸せだよ」 光が由香にそう伝える。 そして、 「これからは、母さんに会いに来るし、会いに来てよ」 と伝えると、由香は泣きながらも大きく頷いた。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加