サヨナラの覚悟

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サヨナラの覚悟

元夫の母から、 「最寄りの駅は告げれないけれど、9時過ぎの電車に乗ってくるから、見失わないように、でも見つからないように…」 そう言われた電車の中には、愛しい勇気の姿が…。 帽子を深くかぶり、メガネをしてマスクをして変装していたせいもあって、思わず同じ車両に乗り込んでしまった。 そして、電車の端で勇気と並んで座る女の人の横に背を向けて立ち、勇気と近くにいられる幸せを噛み締めていた。 すると、 「わたし、あなたより葵が心配だわ」 そんな声が聞こえた。 チラッと、後ろに目をやると、その女性は、目の前の景色に目をやりながら、勇気に話しかけているようだった。 「この人が養子先の人…」 優しい声のその女性に、少しの嫉妬と少しの羨望が入り交じる感情を押さえて、女性の次の言葉に耳を傾けた。 「だって、私より保護者でしょう?」 そう言って笑うその女性の言葉に、胸が痛くなった。 『私は…保護者と思えることを何一つ勇気にしてあげていない…』 その受け止めがたい現実を、突きつけられた気がした由香は、涙が溢れた。 そして、 「光…、うちに来てくれてありがとね」 その女性の言葉に泣く勇気と、泣いている勇気にそっと寄り添う女性の姿を見ていられず、由香は隣の車両へ泣きながら歩いた。 『泣く感情すら失った』 そう聞いていた勇気の嬉し涙。 彼の今の幸せを、母親だからといって奪っていいはずがない。 いや、私には、そんな権利すら無いのだ。 置き去りにした私には… 次の停車駅で降り、元夫の両親へと電話を掛ける。 「今の勇気の幸せを大切にしてあげたい」 「もし、勇気が困ったことになった時には連絡下さい」 そう伝え、電話を切った。 由香は心に誓った。 勇気に負けないよう前を向くこと。 いつか、笑顔で会えると信じて…。
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