私に出来ること

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私に出来ること

「光君、来たよ〜!」 門が見える園庭から、事務所に向かって従業員の一人が声をかけた。 その声に、由香は思わず飛び出したくなる思いを押さえて、急いで給食調理棟へ身を潜めるために走った。 その様子を、皆少しせつなそうに見つめていた。 『母親と名乗れないなんて…』 そんな言葉が頭を過る。 そんな空気の中、事務所に光が現れた。 何となく由香に似ている優しげな顔立ちだか、無表情でうつむき加減で、こちらが心配になるような雰囲気の男の子だった。 篤史が顔を出した。 「君が光くんか! これからよろしくな!」 そう言って、笑顔を見せると、光は無言でお辞儀をした。 「仕事は、明日からゆっくり学べば良いから、今日は部屋で休んで」 そう伝え、篤史は部屋へと案内した。 しばらくして… 『建物の中を案内しないとな…』 そう思った篤史は、光の部屋へと向かった。 中から声がする…。 思わず、そっと近づくと… 「葵…、葵…、ごめん…だけど、…会いたい…」 かすれる声で呟きながら、泣いている声が聞こえた。 篤史は、呼びかけることができなかった。 夜になって、夕飯の声掛けをしに光の部屋へと篤史が向かうと、『いらない』と断られてしまった。 今日までの入院先でもあまり食事をとっていなくて、点滴をしていたとは聞いていた。 『また、倒れてしまう…』 不安を感じた篤史は、由香に会いに行った。 恋人ではなくなった由香と、会える口実でもあった。 「光君、食欲無いみたいなんだ…」 そう、篤史が切り出すと、由香は少し考え込んだ。 「小さい頃なら…食欲が無い時でも、サツマイモのお粥ならたくさん食べたけど…」 そう呟き、由香は篤史を見つめた。 「私が作っちゃダメかな…?」 せつなそうに見つめながら志願する由香の思いを、篤史は断ることができなかった。
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