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空いている席が友介の隣だけだったので、女の子は少し早足でそこに近づいて座る。
友介の心は、自分が待ち望んでいた状況が急に、少し想像していなかった設定で実現していることへの戸惑いで埋め尽くされていた。そして、一昨日見た夢の意味にまた思考を巡らせる。夢に意味はあるのか。
女の子は背筋をピンと伸ばして座ったまま、前をじっと見つめていた。そうかと思えば、クルッと振り返って友介の方に顔を向ける。友介は驚いた体を少しのけぞる。
「あの、第二中学校ですか?」
女の子が友介に向かって、質問する。友介の頭は、一回かたまって、その後で高速で回り始める。多分、この辺のどこの中学校に通っているのか、と訊かれているのだ。東京でそんな質問を他人にすることはあまりないと思うけど。
「いや、ここに住んでるわけじゃなくて。じいちゃんとばあちゃんの家に泊まってて」
「あっ。そうなんですね。」
女の子の口調からもどうにも緊張の色を感じる。しばし沈黙。何か言わないとそれっきりだ。
「えっと、僕は東京から来ました」
友介は女の子の目を直視する。女の子の目がパーッと明るくなって見開かれたような気がした。温泉で見た時に友介が感じたクールな印象とは打って変わったような表情だったが、どちらの表情も魅力的だった。
「東京!すごいですね!都会!」
何かリアクションしなければならない。友介は頭をさらに回転させて何か言おうと絞り出す。
「東京、来たことありますか?」
散々考えてそれかと、自分に落胆する。
「はい、うちのおじいちゃんとおばあちゃんは千葉なので。」
結果的に意味のある質問になって、友介は胸をなでおろした。そして、女の子の言葉にこの地方のなまりがないことに今更ながら気づいた。よし、これを話そう。
「方言とか、無いんですね。言葉」
女の子はハッとした表情を見せた。が、友介にはその意味がいまいち分からなかった。今回は何も変なことを訊いてないはずだ。
「お父さんとお母さんは家で標準語だから私も混じってる感じで。私の標準語、変ですか?」
「ううん、全然。めちゃくちゃ上手いと思います」
「良かった。もしかして都会の人が聞いたら抑揚とかが訛ってたりするのかなぁって結構気になったりしてて」
女の子が笑う。友介の鼓動は早くなる。また話が途切れそうになる。
「方言も話せるんですか?」
「うん、学校では基本的にそっちです。みんな方言だから、私もそっちに合わせてるって感じで」
「二つとも話せるなんて、すごいですね」
女の子は笑い出した。
「いや、バイリンガルみたいに聞こえて。ハーフの子で日本語と英語喋れたりする」
「ああ、あれ、そんな風に聞こえた?」
女の子は瞳孔がもう見えないくらいに目を細めて笑っている。
「あ、そういえばお名前は?私は石川詩緒です」
「中村佑介です。しお、ってどういう漢字?」
「「し」は詩人とかの詩、うたのやつ。それに「お」はへその緒の緒」
友介はへその緒の「緒」がパッと思いつかない。詩緒が続ける。
「え、いま何歳?」
「十四です、中学2年」
「え、一緒!私はまだ十三だけど、同学年だ。じゃあため口でいいね」
駅のホームからアナウンスが聞こえる。友介が乗る電車だ。友介は生まれて初めて何で遅延してくれないんだという、電車の運転手からすれば余りにも理不尽なクレームを頭の中で囁いた。
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