2日目

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時計が14時半を回った頃、雪は降っているかの確認が必要なほど弱まった。友介は出かけようと着替えの服を用意して、バスタオルやシャンプーも用意する必要があることに気づき、風呂場に向かった。すると、風呂場に向かうまでの玄関のところにオレンジ色のトートバッグが置いてあり、中には友介が必要としていた物がすべて入っていた。祖母はどこまでも準備が良い、人間は年を取ると他人が考えていることを読み取れるようになってくるのだろうかと、友介はいつも不思議に思う。 玄関でスニーカーではなく長靴を履き、引き戸をガラガラと開けて外に出る。色々と準備をしている間に雪が強くなりやしないかと案じていた友介は安堵した。友介は敷地を出たところで左に進んだ。温泉に行くなら右にまっすぐ進んでいく必要があるが、少し長めに散歩の時間を取りたい気分だった。 友介は少し真っすぐ進んだところで右に折れてから、あることに気が付いた。道の左右に現れる建物のひとつひとつに全くと言っていいほど、見覚えがない。もちろん都会に比べて視界がはるかに開けているから、これらの建物は祖父母の家からでも十分に見渡すことが出来る。心象風景のどこかに、その一部としては溶け込んでいたのだろうが、いつもこの町に両親と一緒に帰省する時、広い田舎町の目的地はいつも祖父母の実家であって、そこより先に存在する建物は「風景」の一部だった。 干されている洗濯物や、窓越しに香ってくるカレーの匂いが、この町を地元と呼んで住む人の存在を主張する。友介は不思議な気分になった。この家に住む人たちの人生は友介が東京で過ごしている間にも同じように流れているという当たり前を想像して、不思議な気持ちになった。友介が東京に帰った後も、この人たちはこの町で時間を過ごし、この町にまつわる問題を抱えたり、幸せを共有して時間を過ごしていく。けれども自分はもちろんそれらを覗くこともなければ知る由もないのだ。友介は何だかさみしさに近い感情を覚えた。それでも東京の友達に別れを告げて、この町で新しい生活を始めたいかと言われても自分の答えは分からない。 家を出た時には少し肌寒かったが、歩いていくうちに上着の中に温もりがたまって、だんだんと温かくなっていった。散歩をするために遠回りをしたので、温泉に向かうためには右に曲がれる道が必要なのだが、それが一向に現れず、道はずんずんと前方にのみ向かって雪の中から姿を現した。友介がぼんやりと予定していた散歩よりも長いものになりそうだった。とにかく家と家の間の感覚が遠い。都会で言えば「ポツンと」と形容されそうな家ばかりだ。それでいて、急に近代的なピカピカの看板がある自動車販売店が現れたりする。 友介は何だか気が遠くなってきた。このまま歩き進めて、本当に温泉に向かうことが出来るのだろうか。後悔し始めた時、右に曲がる道がようやく現れた。友介は右に折れる。この道は祖父母の家から温泉に向かう道と平行に伸びているはずだ。まっすぐ進んで、しばらくしてから右にもう一度折れれば、温泉に到着するはずだと友介の足取りは少し早くなった。右に折れる道はぽつぽつと現れた。それは舗装された道ではなく、田んぼと田んぼの間を通れるというだけの通り道だった。友介はあえて右に折れず、まっすぐに進んでいった。記憶の中にある温泉のすぐ近くの交差点、その道はこんな通り道ではなく、舗装されていたことを思い出したからだ。友介は「ここまできたらドンピシャで温泉近くの交差点に到着してやる」という事を気づけば考えていた。友介は一人でいるとき、口にしてしまえば友達につまらないと一蹴されそうな遊びを頭の中で始めることがよくあった。舗装された道は現れ、友介は右に折れた。 友介はふと今来た道を振り返る。この町の、今までとは違う顔を見た気がした。この場所から見える景色、と言っても雪で遠くまでは見渡せないのだが、景色の中にある家やお店や会社のような建物の全てに人の生活があることを意識した。人々がかかわりあって、この町は回っている。この町で本当に知っている人は祖父母だけだけれど、この町は確かに生きている。それを感じる。 見慣れた保育園が見えてくる。この保育園は温泉のすぐ近くにある交差点の目印だ。温泉に向かって歩を進めると、数台の車が見えてきた。車社会のこの田舎では、温泉の前にある程度の広さがある駐車場がある。車の奥から建物が姿を現す。友介は一年ぶりに念願の温泉に帰ってきた。
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