2日目

3/4
前へ
/13ページ
次へ
建物の中ではスリッパに履き替えないといけない。自動ドアから入ってすぐ右にある券売機には用はないから、友介は祖母からもらった回数券をポケットから取り出す。正面のカウンターにおばあさんが座っていて、テレビを見ている。去年来た時も、このおばあさんだっただろうか、と友介は少し考えた。同じおばあさんのような気もするし、違うと言われてもやっぱり違うよねと答えてしまいそうなほどに記憶は曖昧だった。 友介は回数券を一枚もぎって、おばあさんに渡す。おばあさんは受け取ると「はい」と声を出した。不愛想でもなく、愛想がよいというわけでもない。ひたすらにベテランの風格を漂わせるおばあさんは、温泉の印象に威厳を与えた。「男」と書いてある青いに向かって歩いて行くと、脇のマッサージチェアのスペースに70才くらいのおじいさんが座っていた。ふくらはぎの部分が単調にマッサージされ続けているが、当のおじいさんの首はもげてしまいそうなほど、横に倒れていて、深い眠りについていた。 更衣室に入ると、年配の大人たちが長めのソファに座って世間話をしていた。風呂上がりのまま、服を着ないでソファに座っている人たちを友介は正直好きになれない。話しかけられても気まずいので着替えを急いだ。家から持ってきたシャンプーやボディソープをかごに入れて、大浴場のドアに向かうと青いすだれから小学生くらいの男の子がお父さんと入ってきた。毎年、年配の人ばかりのこの温泉で自分より小さい子どもを見かけるのは珍しいことだった。男の子はお父さんに向かってぶつぶつと文句を言っているようで、あまり乗り気ではないように見えた。 ドアを開けると、防音の音楽室のドアを開けた時のように、流れるお湯の音や桶が床にぶつかる音がいっせいに友介の耳に飛び込んできた。湿った温かい湯気も体に優しくぶつかって心地良い。人はあまり多くないので、友介はますます嬉しくなる。入ってすぐのところに、二つの島のように体を洗うスペースがある。友介はいつもその二つは使わずに右に進んでさらに一番奥の壁に向かい合ったスペースで身体を洗う。トイレでもなんでも、友介はいつもとりあえず行けるとこまで奥に行く。体をさっと洗い、頭もシャンプーで簡単に流した。シャワーも気持ちいいが、とにかく湯舟に浸かって、冷えた体を溶かしたい。かごに入れていた小さいタオルを片手に立ち上がった。 露天風呂はまだ早い。まずはしっかりと体を温めてからでないと、露天風呂に肩まで浸かるまでに凍えてしまう。露天風呂と室内はガラスで仕切られていて、友介は露天風呂がよく見える場所で体を温めた。もうすぐだ。友介は頭の中の言葉が多い。ボキャブラリーが多いというわけではなく、頭の中で発生する疑問や葛藤が多かった。実際に口に出す独り言はないが、常に頭の中には必ずしも悩み事ではない考え事のストックがあった。そして、露天風呂という場所はそんな考えを空に発散できる気がする場所だった。室内では少し雑音が多いのだ。隣の人の存在や、あらゆる音の存在が室内に充満している。友介は腰を上げ、露天風呂に向かった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加