3日目

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耳元で鳴る音で友介は目を覚ました。時計を見ると、最後に時計を見た時刻から30分くらいが経過していた。鳴っていたのは耳元にあったスマートフォンで、着信は母からだった。正直、新幹線で東京を出た時は東京にいる両親や友達からの電話やあまり来ないといいなと友介は考えていた。とにかく、この場所の雰囲気だけに身を浸して、自分の気持ちが都会に引き戻されるようなことは起こらないことを望んでいた。 三日目ともなってみると実は少し寂しさも感じ始めていたところに来た母からの着信を友介は少し嬉しく思った。外を見ると雪はまた少し弱まっていたので散歩をしながら電話をしようと思った。母からの着信は取らずにショートメッセージで「かけ直す」と送り、玄関で手を使わずに長靴に足を滑り込ませる。 家の入口を出て温泉がある方に向かって、右に歩き始める。友介はとりあえず一昨日来た駅を目指そうと決める。電話をしながらになるので、祖父と来た道をそのまま辿って駅に向かう。少し歩いたところで、母にリダイヤルする。コール音3回半。 「もしもし~、友介。元気?」 「元気って。二日前までそっちに居たんだから、あんまり変わらないよ」 「おばあちゃんとおじいちゃんと、ちゃんとしゃべってる?」 「おばあちゃんとは結構しゃべってる、と思うけど」 「うそ。おばあちゃん、友介が全然しゃべってくれないって言ってたよ。ちゃんとおばあちゃんにも電話してるんだからね」 「じゃあオレには電話しなくていいじゃん」 「別に立派な理由なんていらないでしょ、子どもに電話するのに。友介が生まれて初めての一人旅でさみしくなったんじゃないかと思ったの」 ずばりとまではいかないものの、ぼんやりと感じていた感情を母に言い当てられたのが友介は少し恥ずかしかった。ちゃんと否定する。 「さみしくなんてないよ。全然大丈夫だから」 「そう?ならいいけど、困ったことがあったらおばあちゃんにちゃんと言いなさいよ。おばあちゃん、あんたに頼られたらなんでも嬉しいに決まってるんだから」 「分かったよ」 「じゃあ切るからね、元気にやっとくのよ!」 「はいはい」 「じゃあねー」の最後の伸ばし音が終わったか、その最中かというタイミングで母の声が途絶えた。友介はさっきまで部屋で感じていた少しだけ暗くなった気持ちが気づけば晴れていることに気づいた。駅前まで問題なく到着すると、小さなタクシー乗り場を反時計回りに回り込むようにして歩いて、帰りは商店街通りを使わずに家を目指してみることにする。と言っても、それぞれの建物の背は低いので、商店街通りも結局見渡せてしまうのだか。 気づけば雪は弱まって、太陽も淡く存在感を示すほどになっていた。雨上がりのような明るさのある友介が好きな天気だった。特に考え事もせず、ちょっとした放心状態で友介はひたすらに家に向かって歩き続ける。すると、またスマートフォンが振動した。母だ。 「今度はなに?」 「そういえば友介、あんた旅行に行くってこと、野球部の友達に言ってないの?」 「なんで?」 「今さっき、大貴君とか他の子たちがおもちゃのバットとか持って友介君いますか?って訪ねてきて、いない理由話したら驚いてたわよ」 「あー、うん。別に言ってないよ」 「なんであんたはそういうことを友達に隠すのよ」 「隠してないよ、年末年始だけで東京に戻るんだし、別に遊ぶ予定もなかったから言わなくてもいいかなって思っただけ」 「なんかそういうところが変わってるのよね、あんたは」 「別に誰にも迷惑はかけてないじゃん」 「迷惑とかじゃないわよ、普通のコミュニケーションの話をしてるの」 「そんな話、東京に戻ってからでいいでしょ。こっちにいる間にわざわざ電話で伝えなくてもいいじゃん」 「はいはい、まあそうね」 「切っていい?」 「冷たいわねぇ。なんかあったら電話かけてきなさいよ」 「わかったから」 「はい、じゃあね」と今度は語尾を伸ばさずに母からの電話が切れたところでもう大分、家に近づいていた。天気がいいうちに家に戻って支度をして、温泉に行こうかと友介は考え始めていた。友介は二階建ての一軒家の前を通り過ぎたところで、スマートフォンをしまった時、子どもの声が聞こえることに気づいた。その家の庭の玄関前で昨日、温泉にいた男の子とそのお父さんがキャッチボールをしていた。友介はすぐに女の子を目で探す。男の子のボールを受け止めるお父さんの奥に女の子は立っていた。昨日と違って女の子は友介のことを見ていて、目がしっかり合ってから逸らした。友介も逸らした。 友介はそのまま真っすぐ家を目指して歩き続ける。家の玄関を開けて、すぐに温泉に行く支度をして外へ出る。温泉に向かう道中でもう一度、女の子の家の前を通りかかったが、3人はもう引き上げたようだった。 友介はとにかく早く温泉に浸かりたいというわけではなかった。とにかく、あの女の子と目が合った緊張から何かをして気を紛らわせていないと落ち着かなかった。身体を洗って、湯舟に浸かり、ゆっくりと温泉を堪能したと言っていいほどの時間を過ごしたのに寝る前になって覚えているのは待合のスペースで飲んだいちごオレの味だけだった。
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