1日目

1/2
前へ
/13ページ
次へ

1日目

その冬、中学2年生の友介(ゆうすけ)は初めて東北地方にある母方の祖父母の実家を一人で訪ねた。滞在予定は学校が冬休み中である12月27日から1月5日の10日間だった。小学校の頃から毎年のように帰省していたが、高学年になるにつれ、両親ともに仕事が忙しくなり、ある年は母親が、その翌年は父親がという風に当番制のように友介と帰省するようになったが、中学に上がってから2年目の今年はとうとう両親ともに仕事の都合がつかず、心配されながら一人で送り出された。 当の友介はといえば、祖父母の実家で過ごす冬の季節と祖母がいつも回数券をたんまりとくれる露天風呂付きの温泉に浸かることが一年のうちの何よりも大好きだったので、一人旅の不安はあっても帰省を諦めるつもりは毛頭なかった。両親には、もう中学生なのだからそこまで心配してくれる必要はないと伝えた。 普段は徒歩で行ける中学校への往復しか経験しないため、一人でJRの新幹線乗り場に到着したときは少し不安に駆られたが、ひとまず新幹線に乗り込んでから自分の座席を見つけて腰を据えると、自分は一人旅を難なくこなすことができる立派な大人への階段を着実に上っているのだと、友介は自分を誇らしく思った。暇つぶしにと持ってきた三冊の漫画を最初の一時間程度で全て読み切ってしまってからは手持ち無沙汰になってしまったので、音楽を聴きながらぼんやりと外を眺めていた。車窓からの景色には、少しずつ雪が増え始めた。 東北新幹線からローカル線への乗り換えというもう一つの関門に備えて、一つ前の駅から身構えていた友介だったが、いざ到着して改札に近づくと、見慣れた祖父の姿があった。初めての一人旅を心配した母が事前に新幹線の到着時刻を伝えていたようだった。そこから先は新幹線よりも短い間隔で止まるローカル線に揺られ、祖父母の家の最寄り駅を目指した。車窓から見える景色は降り積もった雪で一面が真っ白で、太陽光を強烈に照り返していた。ほとんど雪が降らない場所に住む都会っ子の友介にとって、この幻想的な風景はいつも新鮮だった。友介の頭の中では、いつしか祖父母に会いに行く旅程は幻想的な雪景色と結びついた。 祖父母の家に向かう最寄り駅には改札機がない。制服を着た駅員に、ガシャリと手動でチケットに穴を開けてもらって駅舎を出る。駅舎を出るとまず気づくのはそれぞれの建物の背の低さと立ち並ぶ商店の看板が漂わせる古臭さだった。夏には寂れて見える駅前だが、冬は建物の屋根に、道路に、いたるところに隙間なく雪が降り積もっているので、友介の目にはとても美しい景色に映った。 今は首都圏では見かけなくなったビデオ屋さんの前を通った時、祖父は友介に話しかけたが、友介は何を言われたのか理解が出来なかった。祖父の方言は非常に強く、友介はその方言を使う人を祖父以外には知らないので、いつもは母が標準語に翻訳していたのだった。友介は聞き返すのもばつが悪いと思い、曖昧にうなずくと、祖父はハハッと笑った。友介の祖父はよく笑う人だ。 駅前の商店街が途切れてから右に折れ、そこから先は田んぼの上に雪がぎっしりと敷き詰められた間を心細く伸びる道を祖父と歩いた。パラパラと降りはじめたと思った雪はすぐに勢いを増して、顔に吹き付けてくるようになり、特に話題が思いつかない祖父と友介の間に気まずい空気は流れなかった。雪が口に入り、それをフウッと吐き出すような音を出した友介を見て祖父はまた笑った。 しばらく田んぼの中を歩いていると友介はもう、駅からどれだけ進んで、残りはどれだけ進めばいいのか分からなかった。殺風景なこともあるし、そもそも雪で遠くまで見渡せなかった。毎年到着した日はいつも『去年はこんな長い距離を歩かなければ祖父母の家に着かなかっただろうか』と、友介は感じるのだった。途中から友介より少し前を歩いていた祖父が時おり振りかえって何か言ったが、音は全て雪にさらわれて何も聞こえなかった。 歩き続けていると、右手に大きな赤い建物が見えてきた。他の建物とは雰囲気が異なるこの町で唯一のパチンコ屋である。それは、祖父母の家にほとんど到着したという合図だった。左手に見慣れた家が見えてくる。上から見るとコの字型になっている一階建てのその大きな家が友介の祖父母の家だ。『コ』の縦棒が道路に面している。入り口の明かりが目の前を通り過ぎていく雪の隙間からぼんやりと見え、祖母が笑顔で手を振っていた。友介は、胸の底に沸々と湧き上がってくる興奮を感じ、今年も冬の年越しをこの場所で迎えられることを改めて実感した。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加