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パパは駅で一人の男に会いました。ぼうぼうの髭が印象的なおじさんです。パパと親しげに挨拶を交わしています。
「あのひとはだれだろう?」
しょーむくんがりかいちゃんに聞きますが、りかいちゃんは「しらない」と言います。
「でもふくにこころあたりがある」
「ふく?」
「あのうわぎだ」
りかいちゃんがうさぎの虫メガネをまっすぐ男に向けました。
「あのふくはトレンチコートだ。けいじはトレンチコートをきることがおおいと、パパがいっていた」
「ということは……あのおひげがりっぱなおじさんは、けいじさん?」
まとちゃんがびっくりした顔で男を見ます。
「どうみてもけいじじゃないよ……」としょーむくんが言います。
「ぼくのおとうさんもけいじだけど、あんなひといない」
「うむ、たしかにぜったいとはいえない。あのおじさんのけいさつてちょうをみないかぎりは」
「あんなにかっこわるいけいじはいやだよ!」
しょーむくんには、刑事像にこだわりがあるようです。
「しょーむ、ひとをみかけではんだんするな」
りかいちゃんがしょーむくんを睨んで叱咤します。
「しょーむのなかで、ひげのあるけいじはけいじではないのか?」
「そうじゃない! それにまず、トレンチコートでけいじとはんだんするのもおかしいよ!」
「あくまでもかのうせいだ。だがあのおとこがけいじなら、たんていといっしょにいてもおかしくない」
「それはテレビのなかのはなしだよ! ほんとうのたんていはじけんをかいけつしないし、けいじといっしょにならないって、おとうさんがいってた!」
「じゃあなんだ。しょーむはたんていよりけいじのほうがすぐれているといいたいのか?」
「そんなはなしはしてないよ! ぼくは……」
「うごいたわ」まとちゃんの言葉で、口喧嘩をしていた二人ははっと黙ります。パパは刑事(?)とじゃらじゃらした音のするお店に入って行きました。
「……むぅ。またおとなのおみせか」
りかいちゃんは不甲斐なさにダンと足踏みします。
「というか、あれ、パチンコやだけど……」
しょーむくんが困ったように言いました。
「なんだかへんね。たんていのおしごとでパチンコやにいくなんてありえるのかしら?」
「もしかして、りかいちゃんのパパおしごとサボってる?」
「うむむ……そんなはずは……」
一体どういうことでしょう。昨日は、確かにひとり依頼があったと言っていました。
「たぶん、あのけいじのようなおとこがじょーほーをもっていて、パチンコやではなしあうのだろう」
「え? あんなにうるさいなかで?」
「う、うるさいからカモフラージュになるんだ! うるさくてひとにはなしがきかれにくい……」
りかいちゃんもだんだんと、推理に自信がなくなってきているようです。
「……よし。しょーむ、まと、パチンコやにはいるぞ」
「ええ!? ダメだよそれは!」
「さすがにパチンコやはこわいわ……」
しょーむくんとまとちゃんは抗議します。
「だが、いかなければなにもわからない」
「ダメだよ、もしみつかったらすごくおこられるよ!」
「あそこにはわるいひとやひとさらいがいるっておかあさんからきいたわ」
「……ふん、いくじのないやつらだ。ならいい。りかいひとりでいく」
「だめだよりかいちゃん!!」
「りかいちゃん!」
二人が頑張って止めようとしますが、りかいちゃんはガラスの扉へと進もうとします。
「……む?」
背中から気配がして、ハッとりかいちゃんが振り返りました。
「だれだ!」
「わっ!?」
そこにいたのは、見たことのある人でした。りかいちゃんの声に釣られて、しょーむくんとまとちゃんも後ろを向きます。
「おまえ、さっきの」
「君たちまだいたんだね……」
片間でした。
「ここで何をしてるの?」
「こ、これは、その……」大人に見つかったことでしょーむくんはあわあわしています。まとちゃんは意見を求めるようにりかいちゃんの顔を見ました。
「カタマ、これにはふかいじじょうがある」
「あ、うん、じじょうはあるんだろうけど……」
片間の弱々しい返事を聞いて、りかいちゃんはぴこんと、いいことを閃きました。
「カタマ、じつはきょうりょくをたのみたい」
「え、俺に?」
「さがしているひとがいる。でもりかいたちはパチンコやにはいるとおこられる」
「誰を探しているの?」
「りかいのパパだ」
「お父さん?」
「みすてりぃたんていだんのじゅうようなにんむだ。しっぱいはゆるされないが、やってくれるか?」
「……探偵」
急に片間が黙りました。りかいちゃんは首を傾げます。
「どうした?」
「……ううん、なんでもない」
「げんきがないな。ぐあいわるいか?」
「ちょっと嫌なこと思い出しちゃってね。でも大丈夫」
そして片間は腕時計を見て、「少しなら手伝えるよ」と言いました。
「つまりパチンコ屋に入って、りかいちゃんのお父さんを探してくればいいんだね?」
「うむ」
「画像とかある?」
「がぞう……ちょっとまってくれ」
りかいちゃんが首から下げたスマホをつかんで操作します。
「がぞう……パパのがぞう……あった!」
りかいちゃんが嬉しそうに、ばっとスマホを片間に突きつけました。
「これがりかいのパパだ」
「……何も写ってないけど」
「む?」
りかいちゃんは改めて画面を見ます。真っ暗です。電源ボタンを押しますがつきません。
「おかしい。がめんがうつらない」
「こわれちゃった?」しょーむくんが慌てたように聞きます。
「かもしれない……」
りかいちゃんがうなだれました。これでは写真を見せることができません。
「それ借りてもいい?」
りかいちゃんは片間にスマホを渡しました。片間も電源ボタンを押しますが、「あー……電池切れみたいだね」とつぶやきました。
「そんなはずはない。いえをでるとき、じゅうでんは73あった」
「73パーセントってこと?」
「パーセントってなに?」
しょーむくんの疑問に、「でんちのおおさ、かしら? 100からだんだんすうじがへって、0になるとまっくらになるのよ」とまとちゃんが説明します。
「100ってどのくらい?」
「それは、ええっと……」
「100は1えんがたくさんひつよう。10えん10まいぶん」
数字に強いりかいちゃんはすんと答えます。でもしょーむくんはまだ首をかしげています。
「73パーセントははんぶんよりおおい。だからふつうはでんちきれない。けどきれた。なにもさわっていないのにおかしい」
「うーん……」片間がくるくると回すように、スマホの裏や横を見ました。
「これ、かなりモデルが古いね。もしかしたらバッテリーが長くもたないのかも」
「む? バッテリーがもたないってなんだ?」
「ええっと、バッテリーっていうのは、充電できる電池のことで、」
「バッテリーはわかる」
「そ、そっか……えっとね。スマホは何年も使っていると、バッテリーの電気を蓄える力が弱くなっていくんだ。だから充電しても早く電池切れしてしまうんだよ。それをバッテリーがもたないって言うんだ」
「スマホにそんなきのうが……」
青天の霹靂。りかいちゃんはハトが豆鉄砲を食らったような顔をしています。片間が苦笑いして、「機能ではないけどね」と訂正しました。
「でもスマホを買ったお店で古いバッテリーを交換してもらえば、また長くもつようになるよ」
りかいちゃんはスマホを返してもらいます。それをしげしげと眺めてから、さっとメモを取り出しました。
「”すまほのばってりー ながくつかうとばってりーがもたない ママにそうだんする”……これでよし」
「メモ帳を持ち歩いているんだね」
「ちょうさでメモはだいじだ。りかいのしらないことをかいておく」
「勉強熱心だ」
「りかいはてんさいだからな」
「りかいちゃん、5さいなのにじがたくさんかけて、ものしりなんだよ」しょーむくんが言います。
「え、5歳!? てっきり小学生かと…‥」
「しょうがっこうはらいねんからよ」と、まとちゃんが言います。
「みんな大人びてるね……スマホを使いこなしたり、最近の子ってすごいな……」
片間が感心したようにつぶやきました。
「……仕方がないから、画像なしで探そうか。人相……ええっと、どんな服を着ているとかわかる? 芸能人なら誰に似ているとか」
「んー……」りかいちゃんが考えていると、
「か○きりのせんせい」としょーむくん。
「おさ○なくんにもにているわ」とまとちゃん。
「たしか、き○しまこー○けにだと、ママがいっていた」とりかいちゃんが言いました。
「……濃い系の顔ってことかな」
「こえはブ○ート・ノ○だ」
「随分古いアニメを知ってるね……」
「パパがガムダ○すきで、りかいもよくみる」
それから思い出したように、
「たしかガム○ャノンのハンカチをもっているはずだ」
「ハンカチは流石にわかりづらいな……」
「うえに○ォゥリィをさ○せのシャツをきている。したはふつうのくろいズボンとしごとのくつだ」
「思ったより奇抜だね……」
「あとトレンチコートをきたヒゲのおとこといっしょにいた」
「……それってパチプロじゃ」
「ぱちぷろ?」
「なんでもない。とりあえずわかったから、それっぽい人を探してみるよ」
片間がパチンコ屋に入っていきます。りかいちゃんたちは息を飲んで見送りました。
「……あのおにいさん、いいひとだね」
頬のガーゼをさすりながら、しょーむくんがつぶやきます。
「ええ、けがのてあてをしてくれて、ちょうさにもきょうりょくしてくれるなんて。それにけっこうかっこいいし……」恋い焦がれるようにまとちゃんがもじもじします。
「でもちょっとへんだ」
りかいちゃんは何か疑っているようです。
「カタマ、なんでがっこうにいかないんだ。ずっとりかいたちのまわりにいるきがする」
「ぐうぜんじゃないかしら?」とまとちゃんは言いますが、りかいちゃんは「いや」と否定します。
「カタマはもしかしてロリコンか?」
「ろりこんって?」まとちゃんが首を傾げます。
「ちいさいこどもがすきなおとなだ」
「まあ、ステキじゃない!」まとちゃんは何だか嬉しそうです。
「それってステキなのかな……」
しょーむくんはどうもわからないという顔をしていますが、結局、誰も続きを答えませんでした。
しばらくして、片間が出てきました。りかいちゃんはばたばたと近づいて、急かすように聞きます。
「どうだ、パパはいたか?」
「トレンチコートを着たおじさんはいたよ。なんか変なパン食べてたけど」
片間が報告しました。
「同伴していた人のことを聞いたらトイレ中だって。まだかかるらしいから、とりあえず戻って、収穫したことを言おうかなと思って」
「ごくろうだった」
「外に出てくるように伝えたから、そのうち来るよ」
「む、まさか、りかいたちのことをいったのか?」
「ううん。とりあえず『用がある人がいるよ』としか伝えてないけど」
「おまえできるな!」
探偵団はわあっと喜びます。片間も少し照れ臭そうに笑っていました。
「でも呼び出しても、隠れていたらたまたすぐパチンコ屋に戻ってしまうと思うよ」
「む」
「なんでお父さんのことを追ってるの?」
「ちょうさだ」
「調査?」
「そうだ、パパがどんなしごとをするのかちょうさしている」
「こんなことをしなくてもお父さんから直接聞けばいいんじゃ……」
「きくだけではわからないこともある。ちょうさはあしでかせぐものだ」
「……な、なるほど。刑事とかもそうだって言うよね」
「われらたんていだんは、かならずたんていはけいじよりすごいことをしょうめいする」
「探偵団……? そっか。証明は大事だね。頑張って」
「もちろんだ」
りかいちゃんがビシッと親指を突き立てると、片間もビシッ親指を立てました。それを見て、しょーむくんとまとちゃんもビシッと真似をしました。
「……これいいな。たんていだんのポーズにしよう」
「あはは、いいね。かっこいいと思うよ」
片間はそう笑ってからまたちらりと腕時計を見て、「もう行かなきゃ」と言いました。
「ごめん、もう駅に戻らなくちゃいけないから、またね」
「うん、バイバイおにいさん」「またね!」
しょーむくんとまとちゃんは見送ろうとしますが、りかいちゃんは気になることを思い出して、片間に聞きました。
「カタマ、がっこうにはいかないのか?」
「え」
片間の表情が固まりました。
「カタマはずっとえきのちかくをうろうろしているな。がっこうをサボるのはよくない」
片間は困ったように頭を掻いて、静かに答えます。
「……俺、ちょっと人を待っていてね」
「まちあわせか?」
「いや約束はしていないんだ。そろそろ4限の授業も終わるし、駅の辺りで待っていれば……」
「りかい?」
パチンコ屋の入り口から知っている声がしました。
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