30.(尾藤)花屋と刑事の一年後

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 一年前も言っただろう。そんなに簡単じゃないんだと。この世にはどうにもならないことがあると。  それは言葉にならなかった。なぜか胸が痛くて、泣きたいような気持ちだった。こんなに真っ直ぐに愛してくれている彼女に向かって何を言っても、自分の言葉は空虚にしかならない。  なぜ「俺は茉莉を幸せにできない」なんて、驕ったことが言えたのだろう。茉莉は自分が庇護される存在ではないことを示そうとしているのだ。  神波円が言うとおり、ダサい男だと思った。茉莉にだけこんなに頑張らせて、自分はただ腐って、諦めて。  その手を離さない選択をしても良いのか。こんなにできた女と一緒にいることは許されるのか。 「私の隣にいてくれませんか」  茉莉、俺は。  尾藤の目に、ふと、大きな窓ガラスの向こうの庭が入ってきた。  きちんと手入れされた立派な庭に、白い可憐なジャスミンの花が咲き乱れている。 「……ジャスミン、置いていったな。引っ越すときに」  尾藤はぽつりと呟いた。ベランダにくくりつけられた白い小さな花。名前も分からず、わざわざ駅前の花屋に持って行って尋ねた。  茉莉が微笑む。
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