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そんなある日、茉莉は初めて尾藤と会話する機会を得た。
茉莉が仕事から帰ってお風呂に入り、火照ったのでベランダの窓を細く開けていたら、隣の部屋の窓が開く音がしたのだ。
続けて、がたがた、とベランダに出るような音。
茉莉のアパートのベランダは、マンションのように隣と繋がっておらず、一つの部屋ごとに独立している。囲いはあるけれど、胸の高さだ。つまり、お隣はよく見える。
茉莉がさっと窓を開けると、隣のベランダに出ていた尾藤が、驚いたように振り向いた。フェンスに肘を置いて、煙草をくわえている。仕事帰りなのか、上着を脱いだワイシャツ姿だった。
「あ……、臭かった?」
尾藤は煙草を口から離して、茉莉から遠ざけた。向こうに煙を吐く。尾藤の部屋は角部屋なので、あちらには大きな桜の木があるだけだ。
「いいえ、大丈夫です。こんばんは」
すっぴんに濡髪であることも忘れ、茉莉は元気に挨拶した。
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