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「あ、はい、こんばんは」
尾藤は怪訝そうな顔で茉莉を見た。やっぱりそんなに怖くない気がする。
「あの、こないだ桜片町で、スカウトの喧嘩に巻き込まれたの、助けて貰ったんです。ありがとうございました」
尾藤はきっと茉莉の顔を覚えていなかったのだろう、と茉莉は思っていた。そういう素振りを見せなかったから。
しかし、尾藤は平然と答えた。
「いえ、仕事ですから」
「え、あ、私のこと覚えてましたか?」
「覚えてます。私は人の顔を覚えるのが得意です」
何だ、このグーグル和訳のような丁寧語は。
「あの、お仕事でああやって街を徘徊、じゃない、パトロールされたりするんですか」
尾藤との会話を途切れさせたくなくて、茉莉は思いついたことを喋った。
「することもあります」
「大変ですね」
「仕事ですから」
次に何を言おうかと茉莉が考えていると、尾藤は手にしていた灰皿に煙草を押し付けた。
「では、ごきげんよう」
呟いて、さっさと室内に戻って行く。
冷たいものが混じり始めた秋の夜風が、一人取り残された茉莉の身体の熱を冷ましていった。
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