1.フローリスト・アン

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「ヤクザじゃないの」  奈津子が言った。美しい真紅の薔薇の茎を、水を張ったタライの中で切り揃えている。 「やっぱり? 私もそう思ってるんですよねえ……」  茉莉はビニールの床をモップで擦りながら、のんびり返した。お店の床はどうしてもすぐ濡れるから、お客さんが滑らないようにこまめに掃除している。 「それしかないでしょ、黒スーツ、オールバックって。アウトレイジか。やっば」 「えー、でも私が住んでるのって、ごく普通のアパートなんですよ。他の住人はみんな普通の勤め人とか学生っぽいし……。そういう人って普通に部屋借りれるんですか?」 「さー、知らないけど」 「夜、帰って来てないっぽいことも結構あるんですよ。別宅があるのかな?」 「知らないよ。茉莉、気をつけなよ。関わり合いにならない方がいいよ」  奈津子は茉莉の顔を正面から見据えて、ビシッと指を突きつけた。奈津子は茉莉の三つ年上だが、面倒見の良い先輩だ。 「ハイ、気をつけます」  茉莉はぴっと敬礼をしてみせた。
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