29.(尾藤)刑事の一年後

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 大平硝子は、S県内の小学生なら社会科の授業で「S県を代表する企業」として名前を習うほどの有名な大手企業だ。毎日テレビでCMを流し、駅前には大きな看板が立っている。  あまりに日常に入り込みすぎて、それを茉莉と結び付けて考えることがなかった。随分間抜けだ。 「へえ。わざわざそれを教えに来てくれたわけ。さすがいいご趣味だな」  尾藤が言うと、いつきは眉を上げた。こいつの前で狼狽するわけにはいかない。狙いは何だというのか。 「別れてくれませんか、彼女と」  いつきの色素の薄い茶色の瞳は、尾藤の黒い瞳と対照的だ。 「お前には関係ねえことだよ」 「別れますよね。きっとあなたはそうする。こんなことを言うのは申し訳ないんですが、あなたじゃ彼女につり合わないと思います」  全く申し訳ないと思っていない平然とした顔で言い放ち、いつきはアイスコーヒーを啜った。
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