29.(尾藤)刑事の一年後

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「何より彼女の父親が許すわけがありません。大平社長は厳しい人ですよ。まあ、あの社長とケンカして家を飛び出した茉莉にもびっくりしますけど。僕も一応家業の跡取りですし、大平硝子にとって大いにメリットのある結婚だったんです。茉莉が一方的に婚約破棄したもんだから、大平社長は恥をかかされて激怒でした。よく無理矢理連れ戻されませんでしたよねえ」 「だから、お前には関係ねえと言ってる」  尾藤の無愛想な返事を気にした様子もなく、いつきはあっけらかんと言った。 「やっぱり僕には茉莉しかいないって、まだ思ってるんですよ」  ふっと胸がざわつくが、無理矢理抑えこんだ。こいつには本当に虫唾が走る。 「お前クソ嫌われてんだろうが」 「大事なのは彼女よりも彼女のお父さんの意思ですから。でもほら、大平社長もお年ですし。適当に手玉に取ればどうにかなるんじゃないかなと思うんですよね。茉莉は弱い子です。あなたもそう思うでしょう? 世間知らずの箱入り娘のお嬢様です。誰かに頼らないと生きていけない」  尾藤はつらつら喋るいつきを眺めながら、逆にどんどん冷静になっていった。反論する気も起こらない。
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