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30.(尾藤)花屋と刑事の一年後
それから間もなく、尾藤は大平硝子株式会社会長・大平恭久の自宅の居間に座っていた。
絵に描いたような豪邸だ。豪華な革張りのソファに、ウェッジウッドの茶器セット。
刑事として場数を踏んでいるから、どんなところでも気後れしたりはしない。それでも自分はここには場違いだな、と思った。アホの菅原は、出された高級なケーキを躊躇無くムシャムシャ食べている。
茉莉がここに暮らしているのだろうか。そう考えると、動悸がほんの少し速まった。それでも平日の昼間だ。不在にしていることを祈る。
「ということで、うちもこれ以上事を荒立てるつもりはない。あとは弁護士に任せます」
大平が淡々と言う。
大平硝子は数ヶ月前息子に代替わりし、大平恭久は会長職に退いたが、カリスマと名高いだけあって、独特のオーラは健在だ。眼光が鋭くて、何を考えているのか読みづらい。
くるくる表情が変わる茉莉と、大平は全然似ていない。母親似だったんだろうか。
横領事件の聞き取りはあっという間に終わって、尾藤は腰を上げた。
「では、私共はこれで」
「待って下さい。尾藤刑事ともう少しお話ししたい」
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