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大平が尾藤を見上げ、二人の目線が交わった。
来ると思っていた。偶然なわけがない。少額の横領事件について、こんな大企業の会長が対応するなんてことはない。
「菅原、先帰ってろ」
「ええっ、何でですかぁ。私もお話ししたい」
財布から千円札を取り、菅原の手に握らせる。
「署帰る前になんか食っていいから、課長には黙ってろよ」
「やったー!」
菅原が出て行って、尾藤はもう一度座り直した。
大平はじっと尾藤を見ている。
何つう地獄だよ。尾藤は内心毒づいた。元カノの実家で、父親と対峙。
大体、読めている。
茉莉に縁談でもあったのか。娘が関係した下賎の者を、よくも傷物にしやがってと詰めたくなったのだろう。
おおかた県警の上層部にもコネがあるに違いない。また左遷になるか。しかしその方がいいかもしれない。もはや遠くに行ってしまいたい。
「一度君とお話してみたかったから、良い機会だった」
大平が静かに言った。
「娘がお世話になったそうだね」
「……」
尾藤は一年前までのことを思い出した。
「時々、娘さんに尾行をつけてたのはあなたですか」
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