619人が本棚に入れています
本棚に追加
大平の眼鏡の奥の目がふっと細くなった。心なしか、柔らかくなったように見えた。
「確かにアンに手を回してあの子を雇って貰ったし、出資にお礼の意味が無かったとは言わない。しかし、あくまでビジネスだ。会社は私の私物ではないし、娘のために、救いようのない会社を救うなんてことはしないんだ」
素っ気なく言う。
「……そうですか」
「だからあの店が潰れたのは君の責任ではない」
二人はしばらく黙っていた。
「年上の男だなんて、どうせさっさと他の女と添うてると言ったんだがなあ」
「……は?」
大平がひとりごとのように言ったことの意味が分からず、尾藤は聞き返したが、無視だ。大平は、はあ、と溜息をついて頭を掻いた。早口で言う。
「ちなみにだね、本人の前科はさすがに困るが、私は亡くなった親御さんのことまでとやかく言わない。別にうちはやんごとなき高貴な家柄じゃないんだよ。むしろ実力だけで成り上がってきたハングリーな家系だ。ああ見えて、茉莉もそうだからね」
「はあ?」
「全くあの頑固さは誰に似たんだろうな」
全く話が読めない。尾藤が戸惑っていると、大平が腕時計に目を落とした。
最初のコメントを投稿しよう!