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咄嗟に、手を見た。あの頃あんなに荒れて痛々しかった茉莉の手は、すっかり綺麗になっていた。指先にはピンク色のネイルまで塗られている。働き通しだった尾藤の母親の手と似ていると言ったこともあったけれども、それとは全く変わっていた。
彼女はもう花屋ではないのだ。あの頃の茉莉はもういないのだ。
「尾藤さん、久しぶりですね」
茉莉はにこりと微笑んだ。
「……」
「すみません、嫌ですよね、いきなり父親と二人きり! でも私が同席したら駄目だって言うんです。仕事の話だからって。確かに私は大平硝子の社員じゃないですからね……ほぞをかみました。うちの父は何か失礼をしませんでしたか?」
尾藤は声が出てこず、ばかみたいに突っ立って黙っていた。何で茉莉はこんなにペラペラ喋れるのだろう。
「尾藤さん、逃げようとしたんでしょう。逃がしませんよ。座って下さい」
足が動かなかったが、茉莉が尾藤の手をひこうとしたので、咄嗟に避けた。触れられたくなかった。
「……」
さすがに茉莉が少し傷ついた顔をする。
「いや、あの」
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