578人が本棚に入れています
本棚に追加
/275ページ
尾藤の声は掠れていた。茉莉に触れて彼女の体温を思い出せば、理性がきかなくなりそうな気がして怖かった。
きっとそんな思いを抱いているのは自分だけなのだ。尾藤の知らない手をして、尾藤の知らない服を着た茉莉は、平気なのだ。
しかし、茉莉は尾藤の心の内を見透かしたかのように睨み付けた。
「何ですか。自分はいつの間にやらご栄転して、若い可愛い女の子とペア組んでるくせに」
「はっ?」
「見ましたよ、帰ってくとこ。セクハラしないように」
思わずふらつきそうになってこめかみを押さえる。
「誰が誰にセクハラって? 菅原が可愛いなんて思ったこた一度もねえよ。あいつはバカだ」
「えー、そういうこと言うのパワハラじゃありませんか?」
アホの菅原のおかげで多少空気が和らぎ、結局尾藤は先程大平と向かい合ったテーブルセットで、今度は茉莉と向かい合うはめになった。
「尾藤さん、私、別れたつもりありませんよ」
茉莉が座るなり言ったのはそれだった。
「何言ってんの……。別れただろ」
「私、分かりましたとは言ってないですよね」
尾藤は口ごもった。
最初のコメントを投稿しよう!