30.(尾藤)花屋と刑事の一年後

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 尾藤の声は掠れていた。茉莉に触れて彼女の体温を思い出せば、理性がきかなくなりそうな気がして怖かった。  きっとそんな思いを抱いているのは自分だけなのだ。尾藤の知らない手をして、尾藤の知らない服を着た茉莉は、平気なのだ。  しかし、茉莉は尾藤の心の内を見透かしたかのように睨み付けた。 「何ですか。自分はいつの間にやらご栄転して、若い可愛い女の子とペア組んでるくせに」 「はっ?」 「見ましたよ、帰ってくとこ。セクハラしないように」  思わずふらつきそうになってこめかみを押さえる。 「誰が誰にセクハラって? 菅原が可愛いなんて思ったこた一度もねえよ。あいつはバカだ」 「えー、そういうこと言うのパワハラじゃありませんか?」  アホの菅原のおかげで多少空気が和らぎ、結局尾藤は先程大平と向かい合ったテーブルセットで、今度は茉莉と向かい合うはめになった。 「尾藤さん、私、別れたつもりありませんよ」  茉莉が座るなり言ったのはそれだった。 「何言ってんの……。別れただろ」 「私、分かりましたとは言ってないですよね」    尾藤は口ごもった。
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