637人が本棚に入れています
本棚に追加
あ。茉莉の心臓がどくんと鳴った。
黒いスーツにオールバック。
「あー、ハイハイ、そこまでね」
面倒臭そうに言った男は、隣の部屋の住人だった。
「なんだてめえ!」
坊主頭の男は叫んだが、もう一人のツーブロックが、慌てて坊主頭の腕を後ろから引いた。
「やめろ、ビトーさんだ」
「え」
ビトーと呼ばれた隣の部屋の住人は、少年とツーブロック、坊主頭の顔を見比べる。
「またナワバリ争いかよ。善良なる一般市民も巻き込んでさ、俺もいい加減大目に見れねえよ。これ、お前らのオヤジはなんつってんの?」
その声は酒焼けなのか煙草焼けなのか、ハスキーに枯れている。何も良いことを言ってないのに、不思議にその声が茉莉の胸にじんわり染み込んだ。
少年はのろのろ起き上がり、ツーブロックと坊主頭はバツが悪そうに顔を見合わせている。
その光景を眺めていた茉莉の腕を、奈津子が引っ張った。
「ほら、茉莉、行くよ!」
「え、でも」
「なんか顔役みたいなオッサン来たから大丈夫でしょ!」
本当は、もうちょっと顛末を見ていたい。奈津子に引き摺られながら、茉莉は一瞬「ビトーさん」と目が合った。
最初のコメントを投稿しよう!