1.フローリスト・アン

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1.フローリスト・アン

 茉莉(まつり)のアパートの右隣の部屋には、何だかガラの悪いおじさんが住んでいる。  痩せていて、いつも黒いスーツを着てノータイ、短めの黒髪はラフなオールバック。やたらと気怠げなのに、目つきだけが妙に鋭く、すれ違うと煙草臭い。  年は四十くらいだろうか。一般的に四十歳をおじさんと呼んでいいのか分からないが、二十四歳の茉莉からすると立派なおじさんだ。  茉莉はこのアパートに二年前に越してきたが、隣の住人はその前から住んでいた。  たまーに、茉莉が朝出勤するときに、タイミングが被って、隣の住人も部屋から出てくる。 「おはようございます」  ドアの鍵をかけながら茉莉が挨拶すると、その人は、 「おはざーっす」 と口の中で呟くような挨拶を返して、ゆらゆら外階段を下りていく。  深夜コンビニに行こうと思って家を出た時に、その人が帰ってきたのとかち合ったこともある。若干疲れた顔をして、酒の入っている気配もなく、仕事帰りといった感じだった。  随分帰りが遅いんだな。いつもこんなに遅いのかしら。何している人なんだろ。  秋深し、隣は何をする人ぞ。  気になるけど、まあ話しする機会もないし。  そう思っていたある朝、いつも通りに出勤しようとしたら、アパートの外の植え込みのところでその人が電話で話しているのを聞いてしまった。 「寝ぼけたこと抜かすなコラ、全部吐かせろや」  押し殺したような低く掠れた声だった。  思わずまじまじと見てしまう。  その人は茉莉の視線に気がついて、ふいと俯くと、スマホを耳に当てたまま、さっさと道を渡っていった。 「ヤバい人かあ……」  茉莉は呟いた。
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