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「ぼくとしてはそれでいいなら、お開きにしてもいいんだけれどな」
ぼくの達成感はこの際どうでもいいのだ。
東屋さえ満足すれば、それでいい。
これは彼女からの依頼なのだから。
「いいわけないでしょう。私は私の意見にこれっぽっちも納得していないんだから」
「じゃあ、なんであんなこと言ったんだよ」
「だって、思ったこと言ってみてなんて言うからさ」
「まさかそんなことを思ったと及びもつかなかった」
「私の想像力をなめてもらっちゃあ困るね」
どうして誇らしげなんだよ。
「まあ、本当の感想を述べるなら……そうだね、時間に追われているというより、何かが起こった、という印象だったかな」
何かが――起こった。
東屋は続ける。
「怪獣騒動とかじゃなくてさ、もっと現実的な、もっと実現可能な、そんなトラブルに見舞われたって思っているよ」
だから彼女は、何かあったの、と兄に問うたわけか。
その質問の主語は『部屋で』。
彼の部屋で何かが起こった。
部屋の中でトラブルが――起こった。
「トラブルとは限らないんじゃないか」
しかし、ぼくは東屋の感想を排した。
これはブレインストーミングの一環だ。あえて意見を否定して、思考の幅を広げようとする試みだ。画一されたイメージを払拭すれば、より多角的に見ることができるだろう。
「勉さんは帰ってきたとき、本を一冊持っていたって言っていたな。図書館から借りた本と同じ本。もしかしたら勉さん、その本に惚れ込んで買いに行ったのかもしれない」
ぼくは言う。
「勉さんは本を読み進めると大層気に入って、人生のバイブルにしたいとでも息巻いたんじゃないかな。ほら、図書館って貸出期間があるだろう。二週間だか三週間だか、まあ地域によって差があったり、貸出予約があったりするけれど、どうあったってずっと家に置いておくわけにはいかないから、本屋で同じものを買って自室に保管しておこうとしたんじゃないか」
これなら帰宅後に本を抱えていた点に説明がつく。部屋で発生したのは勉の物欲だったというわけだ。
楽天家が兄の変調に懸念を抱くように。
厭世家が女子との会話を楽しむように。
倹約家でも購買欲求は湧くときは湧く。
ラベル一枚で人格が固定されるわけではないのだ。
銘々がキャラ設定に縛られないから『変な話』は次々と湧き出てくる――自由の数だけ物語がある。
というか、これが模範解答なのではないだろうか。
バイブルは言い過ぎにしても、勉の中でヒットして、貸出版では不十分、手元に残しておきたい、そう考え永久保存に乗り出した。
ぼくも小学生の頃、友達から漫画を借りて(これでも昔は友達がいたのである。現在、音信不通)、その影響でぼくも同じ漫画を買ったのだ――そのときと状況を重ね合わせたのである。
ブレインストーミングと言って、可能性の輪を広げようとしていたけれど、しょっぱなから腹落ちの答に行き着いてしまった。
広げるまでもなかった。
裏返しただけだった。
「まあ、真相ってのはそんなもんだ。これまでの『変な話』にも拍子抜けの結末があっただろう。今回はその部類だよ」
黒板の上部にかけられた時計を確認する。長休み終了まで一分を切った。ぼくがあと一言、二言語り、締めれば今回の『変な話』の謎解きが終わる。これからも読書をして教養を身につけたまえ、と言おうとしたとき。
「ストップ」
と、東屋が手のひらを広げ、それをぼくの前に出し、ぼくの発言を制止させた。
「その推理は多分、間違えているよ」
ぼくが台詞を言う間もなく、チャイムが鳴った。
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