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 机に臀部を乗せたまま、ずいっ、と前のめりになり、微妙な表情をしているぼくにその整った顔を接近させる。彼女にとってはこの行為、ぼくの顔色を細部までうかがい、伝言が明瞭に届いているか確認するための接近であるだろうが、しかしぼくにとっては紳士性が問われる、思春期の試練のように感じた。  なので自然、視線を首ごと右方向に逸らしてしまう。むしろ、こういうときにぼくの顔も近づかせ、キスのひとつでも決められるメンタルがあれば見返せるのだが、そんなことができるなら今頃はモテモテだ。天地鳴動が起こらなくとも、ぼくの名声は留まることを知らなかっただろう。  しかし、そんな度胸はない。ないものはない。  ないものねだりはできない。  ないなりの行動取らなくてはならない。  ぼくはひとまず、 「東屋。そんなに顔を近づけなくてもお前の長広舌は伝わっている。だから離れろ」  東屋の顔の前にぼくの手のひらを挟み、バリケードのようにすると、彼女は伝わっていればよし、と言わんばかりに笑みを浮かべ、それから顔の距離を初期の位置に戻した。  そして、一言。 「どう? 何か分かった?」  まだ考え出してもいないのに、どうして何かが分かるんだ。……いやまあ、分かったと言えば分かったのか。  東屋が家でも野放図で、意外にも本好きで、そしてお兄ちゃん好き。  しかし、これらは東屋のプロフィールであって、この謎にあたっては関係がなさそうだ。これらの情報は長広舌の蛇足から来ていることだし。まあ、話の途中で突っ込みを入れてしまったぼくにも非があるんだけどさ。だけど、あんなにも赤裸々にプライバシーを語られては突っ込まざるを得ないだろう。いくらぼくが聴衆でも、恥ずかしい身の上話を粛々と聞いてはいられない。  とにかく、まずは情報整理を行わなくてはならない。  関係ある情報と関係のない情報を精査しよう。  関係ない情報は東屋の家庭内での振る舞いだとして、主要な事項をピックアップするためにぼくは机の中からルーズリーフとペンを取り出す。  そして、東屋の発言をまとめた。  以下、要点を縦書きでこのように記述した。  ①午前十一時、兄は図書館から帰宅。図書館で本を借りてきた。  ②帰宅後、兄は図書館バッグをソファに置き、コーヒーを淹れた。  ③兄は図書館バッグとコーヒーの入ったマグカップを持って二階の自室に籠もった。  ④三十分後、兄は慌てた様子で一階に降りてきて、何も告げずにどこかに出かけた。  ⑤更に三十分後、兄は図書館で借りた本と同じ本を買って、家に戻ってきた。  以上。  ぼくは心の中でそう句点を打った。
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