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「こんな感じか」
書き終えたルーズリーフを東屋に渡す。受け取り、彼女は①~⑤までの要約をじっくりと見定めた。やがてルーズリーフをぼくのもとに返すと、彼女から、この通りだよ、とグッドサインが送られた。
これだけでなかなかの徒労であった。もっと理路整然に話せないものか。休み時間は休み時間でも、現在は二時間目と三時間目にあいだに挟まれた十五分間の長休みなのだ。貴重な貴重な、貴重を二重にするくらい大変価値のある時間帯を粗筋をまとめるために使いたくないところだった。
東屋でなければ、そして勢いぼくが合いの手を出さなけれ、今頃は席を立ち、屋上の前の踊り場に移動しているところだった。屋上が閉鎖されていなければ、その扉を開き、青空をスクリーンに雲模様でキャラクターを思い描き、天空にて空想の劇場を展開させていた。
「まとめてみて、どう? 分かった?」
東屋がいやに急かすのは、今に始まったことではない。
謎を自分で解くことができないが、謎の真相を早急に明らかにしたいという探求心が人一倍豊かなので、究明の所在を急かすのはいつものことだ――その前向きな心を少しでも勉強に傾ければ優等生になれるだろうが、しかし東屋が優等生という画はぼくをして想像ができない。
仮に想像ができたとしても、おそらくは幻滅するだろう。
こいつは馬鹿のままでいい。
「分かったよ」
「えっ? 本当に?」
「ああ」
と、ぼくは天井を見上げながら軽い調子で言った。
「ぼく、そう言えば図書館って使ったことないんだよね」
「うんうん」
「だから、利用方法が分からないわけ」
「まあ、使ったことがないんじゃあしょうがないよね。それで?」
「それだけ。あとはこの町の図書館って日曜日が閉館日ってことを思い出したくらい」
利用したことはなくとも、それくらいは知っている。
「チョップスティック!」
東屋の人差し指と中指がぼくの顔面――いや、左右の目に向かって伸びる。ぼくは反射的に彼女の右腕を掴み、二本の指の進軍を食い止めた。
「やめろやめろやめろ! チョップアラームはいい。あれはただのチョップだから。目を覚まさせる程度の威力しかないから許容できたんだ。だけど、チョップスティックはまずい。眼球を攻めるのはまずいって!」
「でも、顔にふたつも球があったら邪魔じゃない? 人間には第三の目っていう隠された器官があるらしいし、間引いてあげようと思って」
「邪魔じゃねえよ! ぼくの眼球は根菜のようにできていない!」
「でも、眼球と根球って遠目で見るとそっくりでしょう?」
「そっくりじゃねえよ! なぜなら根球じゃなくて球根だから!」
ぼくを困窮させるために現実をねじ曲げるな。
東屋にとってはこれらは茶番だったらしく(ぼくにとっては窮地でしかない)、ぼくの激しい訴えであっさりと右腕を退いた。
「にっしー、ふざけている場合じゃないんだよ。事は一刻を争うの。私の家庭を崩壊させたいの?」
猟奇的な突っ込みをしておいて何言ってやがる。
家庭崩壊にまで至る事案じゃない。
いくらなんでも大袈裟すぎる。
ぼくは額をさすりながら、こっちの冗句にも付き合えよ、と彼女に聞こえない程度の声量で不満を垂れた。
「にっしーの冗句に付き合っている場合でもないんだよ」
……聞こえていたようだった。
地獄耳。
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